椿椿山

椿椿山（つばき ちんざん）

椿椿山は、江戸時代後期の文人画家で、1801年（享和元年）に江戸小石川天神に生まれ、1854年（嘉永7年）に54歳で没しました。本名は弼（たすく）、字は篤甫（とくほ）といい、忠太、亮太という通称も持っていました。椿山の他にも、琢華堂、休庵、四休庵、春松軒、碧蔭山房、羅渓、琢華道人といった号を用いていました。

生涯

旗本槍組同心の家に生まれた椿山は、幼くして父と死別。その後、槍組同心として武術を習得する傍ら、家計を補うために絵を志しました。当初は金子金陵に師事し、沈南蘋風の花鳥画を学びましたが、金陵の死後、その師である谷文晁にも一時入門しました。17歳の頃には、同門の渡辺崋山を深く敬慕し、崋山塾に入門。以後、崋山を生涯の師と仰ぎました。

当初、椿山は不器用であると評されることもありましたが、画業への並々ならぬ努力を続けました。その努力を知った崋山は、椿山の将来を予見したと言われています。椿山は早い時期に同心の職を辞し、画業と学問に専念しました。

画風は、師である崋山の作風を受け継ぎながらも、柔軟な筆遣いと温和な彩色が特徴です。花鳥画、虫獣画、人物画に多くの名品を残しました。また、俳諧や煎茶にも通じ、笙の名手としても知られていました。

椿山は穏やかで誠実な人柄であり、寡黙な人物でした。友人からは、「飯少なく、遊少なく、眠少なく、言葉少なく、磨墨少なく、着筆少なく、彩色少なく、酒を飲まず、女に近付かず、煙草を喫せず」と評され、「十少」と称されました。

親孝行でも知られ、年老いた母親を大切にしました。また、兄弟弟子への情も厚く、崋山が蛮社の獄で捕らえられた際には、救済活動の中心となり奔走しました。崋山の死後も、弟弟子の福田半香や平井顕斎らと共に遺族を献身的に後見し、崋山の次男である小華を弟子として迎え入れ養育しました。その後、養女の須磨と結婚させています。また、密かに田原まで崋山の墓参に出向いたと伝えられています。

椿山は54歳でこの世を去り、墓は東京都新宿区の円福寺と港区青山霊園にあります。息子である華谷（恒吉）も画家として才能を示しましたが、椿山に先立つこと4年前の1850年に26歳の若さで亡くなりました。

画業

椿山は、師である崋山の教えである写生を重視しつつ、中国の画家である徐崇嗣、惲寿平、張秋穀らの着色花鳥画の技法（没骨法、たらし込み）を取り入れました。これにより、崋山の画風を発展させ、写意と装飾性を兼ね備えた独自の様式を確立しました。晩年には、その画境は神妙の域に達し、超俗洒脱な趣のある作品を数多く残しました。

代表作である「渡辺崋山像」は、崋山が45歳の時に描かれたスケッチを基に、没後3年目に画稿が描かれました。そして、13回忌にあたる1853年（嘉永6年）に完成しました。この作品では、崋山から伝授された洋画の陰影法に加え、闊達な線描と淡雅な彩色が融合されており、肖像画の心象表現に新たな境地を開いた傑作とされています。

私塾である琢華堂には、延べ373名もの弟子が入門し、武士だけでなく商人や女性にも門戸が開かれていました。しかし、大酒飲みは入門を許されなかったそうです。当初は学問、素読、居合、書画などを教えていましたが、1845年（弘化2年）以降は画塾としての活動が中心となりました。

崋山と椿山の画の系統は、特に「崋椿系」と呼ばれています。

主な門弟

野口幽谷
浅野梅堂
渡辺如山（渡辺崋山の実弟）
渡辺小華（渡辺崋山の次男）
長尾華陽
安西采石
椿華谷（椿山の実子）
岩瀬鴎所
葭田蔡泉
島霞谷
斉藤巻石
人見淇堂

交友関係

高久靄厓
岡本秋暉
立原杏所
沖一峨

代表作

渡辺崋山像

参考文献

大槻幹郎著　『文人画家の譜』ぺりかん社、2000年　ISBN 4831508985
坂崎坦著　『日本画の精神』ぺりかん社、1995年　ISBN 4831507032
浅野梅堂著　『寒檠鎖綴』
* 金井烏洲著　『無声詩話』

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