民衆史

民衆史：歴史を「下から」見つめる

民衆史（A people's history, or history from below）は、歴史学の一分野であり、伝統的な政治や外交史とは異なり、一般の人々の視点から歴史的出来事を捉えようとする試みです。この分野では、社会の中で周縁に置かれがちな人々、例えば、公民権を剥奪された人々、抑圧された人々、貧しい人々、非国教徒などに焦点が当てられます。

西洋史における民衆史

西洋史においては、民衆史は「下からの歴史」とも呼ばれ、1960年代の英国の歴史ワークショップ運動のように、マルクス主義的なアプローチを取り入れた研究が多く見られます。これらの研究は、歴史を階級闘争の視点から捉え、社会の変革における民衆の役割を強調します。

批判

民衆史研究に対する批判としては、特定のイデオロギーに偏りすぎているという指摘や、客観的な歴史叙述から逸脱しているという意見があります。また、民衆という概念自体が曖昧であり、その定義や範囲をめぐって議論がなされることもあります。

日本史における民衆史

戦後の日本では、マルクス主義の隆盛とともに、歴史学において階級闘争史観が主流となりました。このような状況下で、丸山眞男の日本政治思想史、大塚久雄の西欧経済史、石母田正の日本古代・中世史などが現れ、近代主義・市民主義の立場から歴史研究が行われました。高度経済成長による社会変化、安保闘争の盛り上がり、官主導の「明治百年」祭への反感などを背景に、階級闘争の「変革主体」としての民衆に注目が集まり、民衆史が成立しました。

近世から近代への移行期

特に、近世から近代への移行期に関する研究が盛んに行われ、江戸時代の一揆から明治維新の自由民権運動、大正時代の民衆運動などが研究対象となりました。林基、堀江英一、庄司吉之助、津田秀夫、山田忠雄らによって百姓一揆研究が行われ、階級闘争史が成立しました。堀江英一は、近世の一揆を代表越訴型一揆・惣百姓一揆・世直し一揆という三段階で発展したという堀江シェーマを提起しました。その後、青木美智男、犬丸義一らは、これを階級間対立の階級闘争史から国家対民衆の人民闘争史へと発展させました。佐々木潤之介は、農民層分解の結果生じた豪農と「半プロ」（貧農）の階級闘争を論じ、世直し騒動や村方騒動の発生している村の状態を総称して「世直し状況」と呼びました。1970年代に入ると、深谷克己は人民闘争史を近世前期まで遡らせ、佐藤誠朗は明治期まで拡張しました。

民衆思想史

民衆思想史では、色川大吉が「頂点思想家」以外に「地下水脈」として民衆の思想が存在するとし、北村透谷らを扱った『明治精神史』を著し、また千葉卓三郎によって起草された「五日市憲法草案」を発見しました。鹿野政直は大正デモクラシーや女性、沖縄の思想を研究しました。ひろたまさきは福沢諭吉研究から出発して被差別民研究へ向かいました。安丸良夫は、日本が近代化する中で困窮した民衆が「通俗道徳」を構築し、それが心学や教派神道などの民衆思想として成立し、「世直し願望」になったとする『日本の近代化と民衆思想』を著しました。

マルクス主義の衰退と社会史への移行

しかし、マルクス主義の衰退とともに、網野善彦や西洋史の研究者たちは社会史の方向性を切り開いていき、民衆史はかつての勢いを失いました。

関連項目

社会史
ジョージ・リューデ
サバルタン（ポストコロニアリズム）

参考文献

須田努『イコンの崩壊まで』青木書店、2008年。

外部リンク

* libcom.org/history - 以前はpeopleshistory.co.ukという名称で運営されていた、民衆史に関するウェブサイト

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