海城地震

海城地震 (1975年)

概要

海城[地震]]は、1975年2月4日午後7時36分（中国標準時）、中華人民共和国遼寧省海城市周辺で発生したマグニチュード]7.3の[[地震です。この地震は、当局が事前に警報を発令し、住民の大規模な避難が行われた結果、避難区域での人的被害が著しく抑えられたとされ、地震予知が成功した稀有な事例として広く知られることとなりました。当初はその予知成功が地震予知研究への楽観的な見方を広げましたが、その後の分析により、この成功は海城地震に特有の明確な前震活動があったことに負うところが大きく、他の地震の予知に普遍的に適用できる手法ではないという見方が一般的になりました。

地震の状況

この[地震]]の規模は、表面波マグニチュード]で7.3、モーメント[マグニチュード]で7.0と記録されており、[遼寧省において記録が残る地震の中では最大級のものです。地震の震央は、海城県（当時、現在の海城市）の中心部から南東へ約20キロメートル離れた「岔溝鎮」という村の付近で、震源の深さは比較的浅い12キロメートルでした。中国の地震烈度（震度）分布を見ると、震央周辺の幅20〜30キロメートル、面積約760平方キロメートルの範囲で最高の烈度IX（気象庁震度階級の震度6相当）を観測しました。また、海城県中心部周辺では烈度VIII（震度5相当）、鞍山市や営口市の中心部付近では烈度VII（震度4〜5相当）を記録しています。揺れは広範囲に及び、アメリカ地質調査所]の報告によれば韓国のソウルでも軽微な被害が生じたほか、ソビエト連邦の[[沿海地方でも揺れが感じられました。日本の気象庁の観測でも九州地方で揺れを感知し、佐賀市で震度2、大分市と熊本市で震度1を観測しています。

被害

震央周辺は丘陵地帯が広がっており、その北側の遼河平原では液状化や地滑りによる被害が目立った一方、南側の丘陵地帯では強い揺れによる建築物の損壊が顕著でした。遼寧省南部では過去に大きな被害地震が少なかったため、耐震性の低いレンガ造りの建物が多く、これらの多くが倒壊または甚大な被害を受けました。対照的に、鉄筋コンクリート造りの建物は、一部に軽微な損傷はあったものの、致命的な倒壊を免れたものが多数でした。海城県では、住宅の46%が建て替えが必要なほど激しく損壊し、32%も大規模な修繕が必要となるなど、ほとんどの建物が何らかの被害を受けました。営口市でも、13%が建て替え、26%が大規模修繕を要しました。さらに、火力発電所や送電網も被災し、広範囲で停電が発生、断水も引き起こされました。
人的被害の正確な数は複数の資料で異なりますが、新華社の発表では、被災地の人口の0.02%にあたる2,041人が犠牲となり、その多くが高齢者や子供といった弱者であったと報じられています。被害額は約810億元に達したとされます。別の資料では死者1,328人、重傷者4,292人という数値も示されています。犠牲者のうち約400人は火災、約100人は余震を恐れて屋外避難を続けたことによる凍死でした。
政府の「地震予知」に基づき、一説には100万人規模ともいわれる大規模な住民避難が実施されたことが、人的被害の大幅な軽減につながったと広く伝えられています。中国国内の文献では、もし予知がなかった場合、死傷者は15万人増加し、被害額も50億元増大しただろうと推測されています。しかし、この軽減効果が全て政府の予知によるものかについては、疑問の声も上がっています。実際、地震発生の前日から当日にかけて前震活動が急増し、その後静穏化するという顕著なパターンが見られたため、地震の発生を恐れた住民が自主的に避難していた側面もあったとされます。

地震予知への経緯

監視体制の強化

海城地震の予知に至る背景には、1960年代後半から中国の河北省から遼寧省にかけての地域で地震活動が活発化していたことがあります。1966年の邢台地震や1969年の渤海地震といった被害地震の発生を受け、当局はこれらの活動を監視し、特に地震活動が北東方向に移動する傾向を確認したことから、1970年に遼寧省南部の地震監視体制を強化しました。この一環として、遼寧省政府内に地震弁公室（後の遼寧省地震局）が設置されました。

前兆現象の出現

強化された監視体制の下、地震発生の数か月前から複数の種類の前兆現象が観測され始めました。1974年には、地殻変動や地震活動、地磁気の異常などを基に、国家地震局は渤海北部地区で1〜2年以内に比較的大きな地震が発生する可能性を指摘し、これを受けて耐震化の方法や防災の心得、前兆に関する知識といった地震防災教育が強化されました。同年11月には、国家地震局が大連市の金州断層で測量データ、地震活動、地磁気などに顕著な前兆が現れていることを確認しました。これを受けて、12月20日には遼寧省革命委員会が住民に対して地震発生の可能性が高まっていることを初めて公表しました。この頃から、冬眠中のヘビが巣穴から出て凍死する、ネズミが人を恐れずに手で捕まえられるほど集団で現れるといった、いわゆる宏観異常現象が多数報告されるようになります。年末には、一部の地域で地震発生の数日前から直前にかけて発令される「臨震警報」が出されましたが、12月28日に盤山県で出された警報では、2〜3万人が屋外のテントに避難して3日間を過ごしたものの、地震は発生せず「空振り」に終わりました。

1975年1月中旬、国家地震局は改めて検討を行い、営口から金州にかけての地域を震源域とし、1975年前半、状況によっては1〜2か月以内にマグニチュード6クラスの地震が発生する可能性があるとの見解を示しました。これは中期的な予測の範囲内でしたが、これを受けてダムや鉄道、電力施設といった重要インフラの安全対策が強化され、鉱山や工場、人口密度の高い地域などで防災訓練が行われました。2月1日には、営口県と海城県の境界付近で微小地震が発生し始め、これが後に本震の直接的な前震であることが判明します。2月2日には、盤綿市で家畜の豚がお互いの尻尾を噛んだり餌を食べなくなったり、垣根をよじ登ったりするといった行動異常や、地電位の異常が報告されました。2月3日になると、微小地震が1時間に20回程度にまで急増し、地電位がパルス状に変化して観測が困難になる現象が発生します。また、営口県では家畜の牛が喧嘩して地面を掻くなどの異常行動も報告されました。

臨震警報と避難

前震活動をはじめとする前兆現象が顕著な変化を示したことを受け、日付が変わった2月4日の午前0時30分頃、遼寧省地震弁公室は省革命委員会に対し、微小地震の後に大きな地震が発生する可能性が高いことを報告しました。これを受けて、革命委員会は同日午前10時に遼寧省全域に臨震警報を発令しました。警報を受けた各地区では、広場にテントを設営して住民に避難を促すなど、緊急的な措置が実施されました。この間にも、いくつかの顕著な前兆が報告されています。丁家溝という町では、午前8時頃から手押しポンプ式の井戸水が自然に溢れ出し始め、正午ごろには高さ1メートルに達するほど勢いを増し、午後には濁った状態が続きました。この町では午後にアヒルが驚いて跳び上がったという報告もあり、革安山という町では梅花シカが驚いて小屋の中で跳び上がり、押し合いながら逃走したと伝えられています。2月1日から続いていた微小地震活動は、午前中にM4.7とM4.2という比較的規模の大きな地震を記録した後、急激に減少し、午後には静穏な状態となりました。

臨震警報を受けて実施された緊急避難は、一説には約100万人を対象とした大規模なものでした。例えば、避難を促すために、営口県の官屯鎮石硼峪村では、地震大隊が住民を広場に集めて映画の上映を行いました。夕方に一本目の映画が始まり、二本目の上映が開始された午後7時36分に、Ms7.3の本震が発生したのです。この村では家屋の9割が倒壊しましたが、犠牲者はわずか3人にとどまりました。この3人は、一度避難したものの自宅に戻ってしまった家族だったとされています。
ただし、臨震警報を受けた各地方政府の緊急措置への対応は一様ではありませんでした。営口県内の一部の地域では、革命委員会が午前10時に警報を発令する前から自主的な避難が始まっていました。一方、海城県では、県政府が会議を開いたのが同日夜の午後6時であり、会議が終了する頃に地震が発生したため、その対応の遅れが後に批判の対象となりました。それでも、海城県内の一部の地域では、各地区の判断で先行して避難が実施されていました。例えば、同県英落公社では、家屋28,027棟のうち95%が倒壊するという甚大な物的被害が出ましたが、住民35,786人中の人的被害は負傷者44人のみでした。震央に近く、最も強い揺れに見舞われた同県牌楼公社の丁家溝生産大隊では、700棟の家屋のうち550棟が倒壊し、段々畑やため池も崩壊しましたが、住民878人から犠牲者は一人も出ませんでした。
海城地震の事例が世界に伝えられた際には、地震予知が実現した衝撃的な成功例として広く受け止められました。

予知の評価と背景

成功の要因と限界

力武常次氏らの分析によれば、海城地震における予知が成功した背景には、数年前からの長期予測に基づき観測や準備体制が強化されていたことに加え、宏観異常現象を含む多様な前兆現象が数か月前から出現していたこと、そして何よりも明確で活発な前震が現れたことが挙げられます。さらに、当時の中国の政治体制の下で、前兆現象の観測や報告が組織的に大規模に行われ、情報を統制し、計画的な避難を迅速に実行できた点も重要な要因と指摘されています。しかし、力武氏が現地で担当者と意見交換した際に、地震の発生場所を特定するための明確な根拠や法則が示されなかったことから、この手法が日本など他の国にも普遍的に適用できるとは考えにくいとも述べています。

石川有三氏によると、1970年代の中国ではこうした予知活動が盛んで、特にボランティアによる無償の観測が多く行われていました。海城地震の前にも、1973年に四川省で発生した四川馬辺地震（M5.8）において、直前に警報が出されて避難が行われた成功例があったとされています。ただし、1990年代以降の市場経済化と財政改革により、ボランティアによる観測は大きく減少し、地震活動や電磁気などの観測は公的機関の管轄へと移行しています。

Kelin Wang氏らは、海城地震の予知は前震に強く依存したものであり、それ以前の中長期的な予知の精度には疑問があることを指摘しています。例えば、1975年1月中旬の国家地震局の会議で「M6クラスの地震が1975年前半に、場合によっては1〜2か月以内に発生する可能性がある」とされたことが「短期予知」の根拠とされることがありますが、実際には中期予測の範囲を出ていませんでした。また、地震当日深夜の遼寧省地震弁公室の報告も、発生時期を具体的に特定しておらず、地震予知に不可欠とされる3要素（場所、時間、規模）を完全に満たしていたとは言えません。こうした点から、夏新宇（Chen Qi-Fu）氏は、遼寧省が地震当日の朝に発令した臨震警報は、直前の豊富かつ顕著な前震活動に大きく依存したものであったと分析しています。中国における地震予知事業の大きなきっかけとなった1966年の邢台地震でも、活発な前震活動の後に一時的な静穏化を経て大地震が発生するというパターンが観測されていたことが、海城地震での前震に対する危機感を高める要因となったと考えられます。そもそも、本震前日から当日にかけての活発な前震活動は、住民も体感しており、地鳴りを伴う揺れで眠れなかった人もいたと伝えられ、大きな地震の発生を恐れて自主的に避難する人々も少なからず存在したようです。

他の地震との比較

海城地震の約1年半後、その震源から約200キロメートル離れた唐山市付近で発生した唐山地震（1976年）では、臨震警報は発令されず、20万人を超える未曽有の犠牲者が出ることとなりました。唐山地震では、水準測量やラドン濃度といった前兆現象は一部で観測されたものの、その分布が不規則で震源域を絞り込むに至らなかったことや、海城地震のような明確な前震活動がなかったことが、予知できなかった主な原因とされています。その後も2008年の四川大地震など、中国では大きな被害地震が発生していますが、海城地震に匹敵するような予知の成功事例はほとんどなく、中国においても、そして世界的にも、地震の正確な予測は依然として極めて困難な課題であり続けています。

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