爛柯

爛柯（らんか）：囲碁にまつわる伝説と山の物語

「爛柯（らんか）」とは、囲碁の別名の一つ。その語源は、中国の古い書物にある伝説に由来します。この伝説は、囲碁の世界の奥深さや、時の流れの不思議さを物語るものとして、多くの人々に語り継がれてきました。

爛柯伝説とは

爛柯伝説は、南朝梁の任昉（じんぼう）が著した『述異記（じゅついき）』に記されています。その内容は以下のようなものです。

昔、晋の時代の信安郡（しんあんぐん）に住む王質（おうしつ）という木こりが、石室山（せきしつざん）に分け入りました。山中で王質は、数人の童子が歌いながら碁を打っているのを見つけます。興味を持った王質は、童子から与えられた棗（なつめ）のようなものを口に入れ、碁を観戦することにしました。しばらくすると、童子に促され我に返った王質は、自分の斧の柄（柯：え）がボロボロに朽ちていることに気づきます。急いで里に帰ると、知っている人は誰一人としていませんでした。

この伝説は、『述異記』よりも古い時代の書物にも記されており、様々なバリエーションが存在します。

北魏の酈道元（れきどうげん）『水経注（すいけいちゅう）』：王質が石室で童子たちが琴を弾き歌うのを聞いていると、斧の柄が朽ち果て、帰宅すると数十年が経過していた。
宋代の『太平寰宇記（たいへいかんうき）』：石室山は爛柯山とも呼ばれ、王質が童子の碁を見ていると「汝の柯、爛（ただ）せり」と言われ、帰宅すると100歳になっていた。

これらの伝説から、「爛柯」は囲碁の世界に没頭するあまり、時間の経過を忘れてしまうことを意味する言葉として使われるようになりました。

類似の伝説

爛柯伝説と似たような話は、中国各地に存在します。

唐の段成式（だんせいしき）『酉陽雑俎（ゆうようざっそ）』：蓬球（ほうきゅう）という者が、山奥で碁を打つ婦人たちに出会い、帰宅すると長い年月が経っていた。
『幽明録（ゆうめいろく）』：劉晨（りゅうしん）と阮肇（げんちょう）が天台山で仙女に出会い、村へ帰ると七代後の子孫が住んでいた。
劉敬叔（りゅうけいしゅく）『異苑（いえん）』：男が山中の洞窟で老人たちが樗蒲（ちょぼ）をしているのを見物し、気がつくと鞭は腐り馬は白骨化していた。

これらの伝説は、異世界や仙人の世界との接触を通じて、時間の流れが異なることを示唆しています。

爛柯への言及

爛柯伝説は、多くの詩や物語にも影響を与えました。

唐代の孟郊（もうこう）や白居易（はくきょい）、劉禹錫（りゅううしゃく）などが、爛柯山についての詩を詠んでいます。
菅原道真（すがわらのみちざね）の詩には、「若し仙人に逢えば樵の斧は柄は腐るだろう」という一節があります。
近松門左衛門（ちかまつもんざえもん）の『国性爺合戦（こくせんやかっせん）』では、碁盤を世界に見立てた会話の中に「昔の斧の柄も、おのづからとや朽ちぬべし」という表現が登場します。

江戸時代の囲碁棋士である林元美（はやしげんび）は、爛柯堂（らんかどう）という筆名を用い、『爛柯堂棋話（らんかどうきわ）』などの著作を残しました。また、日本棋院はかつて、機関誌の姉妹誌として『爛柯』を創刊しました。

爛柯山

爛柯伝説ゆかりの地として、「爛柯山（らんかざん）」と呼ばれる山が中国各地に存在します。浙江省衢州市（くしゅうし）にある爛柯山が最も有名で、王質が石室に入ったとされる青霞洞（せいかどう）があります。また、山門わきには「衢州爛柯 囲棋仙地」と刻まれた石碑が建てられています。

現在、衢州市では囲碁の棋戦「衢州・爛柯杯中国囲棋冠軍戦」が開催されています。


爛柯伝説は、単なる昔話としてだけでなく、囲碁という知的遊戯の奥深さや、時の流れの不思議さを象徴するものとして、今もなお語り継がれています。

もう一度検索