王政君

王政君：前漢の皇太后、王莽の簒奪劇を生きた女性

王政君（おう せいくん）は、前漢時代の女性で、元帝の皇后、成帝の生母として知られています。また、新を建国した王莽（おう もう）の伯母にあたります。彼女の生涯は、前漢から新への移行期における政治的変動と、一族の盛衰を色濃く反映しています。

生涯

後宮へ

王政君は、前漢の宣帝時代の本始3年（紀元前71年）に、魏郡元城県（現在の河北省邯鄲市大名県）で、王禁（おう きん）の次女として生まれました。彼女は成長すると、その穏やかで従順な性格から、婦人としての道を歩むようになります。婚約者が相次いで亡くなるという不幸に見舞われましたが、占い師から「大いなる貴人となる」と予言されたことで、父から学問や琴などを教えられました。

五鳳4年（紀元前54年）、18歳になった王政君は、宣帝の後宮に最下位の女官として入ります。

皇太孫を生む

後宮に入って一年余りが過ぎた頃、皇太子（後の元帝）に寵愛されていた夫人が亡くなります。皇太子はその死を悼み、心を閉ざしてしまいます。宣帝は皇太子の状態を案じ、皇后に命じて後宮の女官の中から世話をする者を選ばせました。王政君もその候補の一人として選ばれ、皇太子に謁見した際、特に気に入られることはありませんでしたが、皇后に配慮した皇太子は「この中では一人だけが良い」と答えました。王政君はたまたま皇太子の近くに座っており、赤い縁取りの衣を着ていたため、選ばれたと勘違いされたのです。

その後、王政君は皇太子の寵愛を受け、すぐに懐妊します。皇太子の後宮には多くの夫人がいましたが、なかなか子を授かる者がいなかったため、王政君は幸運だったと言えるでしょう。

甘露3年（紀元前51年）、王政君は男子を出産し、その子は皇太孫（こうたいそん）となりました。宣帝はその子を愛し、自ら「驁（ごう）」と名付け、いつもそばに置いて可愛がりました。

皇后として

黄龍元年（紀元前48年）、宣帝が崩御し、皇太子が即位して元帝となると、皇太孫であった劉驁は皇太子となり、王政君は婕妤（しょうよ。高位の側室）となりました。その後、王政君は皇后に立てられ、父の王禁も列侯に封じられました。しかし、元帝は別の側室である傅氏（ふし）を寵愛し、傅氏が産んだ劉康（りゅうこう）を溺愛するようになります。元帝は劉驁を廃嫡して劉康を皇太子にしようとまで考えましたが、王政君と王鳳（王政君の弟）らの働きかけにより、劉驁は皇太子の地位を保ちました。

皇太后、そして太皇太后へ

竟寧元年（紀元前33年）、元帝が崩御し、劉驁が即位して成帝となると、王政君は皇太后となります。弟の王鳳（おうほう）は大司馬となり、政治の実権を握りました。ここから、王政君の一族である王氏が隆盛を極めることになります。王政君の兄弟たちは次々と列侯に封じられ、権勢を振るいました。しかし、王氏の権勢があまりにも大きくなりすぎたため、諫言する者も現れました。

鴻嘉3年（紀元前18年）、成帝の皇后であった許氏（きょし）が、呪詛を行ったとして廃位されます。その後、成帝は趙飛燕（ちょうひえん）を寵愛し、皇后に立てようとしましたが、王政君は趙飛燕の身分が低いことを理由に反対しました。しかし、淳于長（じゅんうちょう）という人物が王政君に働きかけた結果、趙飛燕は皇后となることができました。

王莽の台頭

成帝には子がなかったため、綏和元年（紀元前8年）に、王政君の甥にあたる劉欣（後の哀帝）が皇太子となります。成帝が崩御すると、哀帝が即位しましたが、哀帝は王氏一族を嫌っていました。そのため、王莽は一時失脚しますが、哀帝が崩御すると、王政君によって再び政権の中枢に返り咲きます。

哀帝の後を継いだ平帝は幼かったため、王政君が臨朝聴政を行い、王莽が政治の実権を握りました。王莽は権力を掌握するために、成帝の皇后であった趙飛燕や、哀帝の皇后であった傅氏を自殺に追い込みました。そして、王莽は次第に皇帝の位を簒奪する野心を抱くようになります。

王莽による簒奪

元始5年（5年）、平帝が崩御すると、王莽は幼い劉嬰（後の孺子嬰（じゅしえい））を皇帝に擁立し、自らは摂皇帝（せっこうてい）として政治を行いました。王莽は次第に簒奪の準備を進め、居摂3年（8年）には、王政君に王莽が皇帝に即位しようとしていることを告げました。

王莽が新王朝を樹立すると、王莽は伝国璽（でんこくじ）を要求しましたが、王政君は激怒して拒否しました。しかし、最終的には王莽に説得され、伝国璽を渡すことになります。その際、王政君は「お前たち兄弟は、もうすぐ滅びるだろう！」と叫んだと伝えられています。

始建国5年（13年）、王政君は84歳で死去しました。彼女は元帝の陵墓に合葬されましたが、墓室の間には溝が掘られ、夫婦として扱われることはありませんでした。

評価

王政君は、前漢の四代にわたって天下の母として君臨し、その一族は権勢を極めました。しかし、そのことが王莽による簒奪を招いたとも言われています。彼女は漢王朝への愛着を持ち続けましたが、最終的には王莽に簒奪を許してしまいました。班彪（はんぴょう）は、王政君について「婦人の仁とはなんと悲しいものであろうか」と評しています。

王政君の生涯は、激動の時代における一人の女性の生き様を示すとともに、外戚政治の隆盛と崩壊、そして王朝の交代という歴史の大きな流れを映し出しています。

もう一度検索