瑞願寺

瑞願寺の歴史と文化財

富山県南砺市、かつての平村であった下梨地区に佇む瑞願寺は、真宗大谷派に属する由緒ある寺院です。その起源は、井波にある瑞泉寺のもとで活動した念仏道場に遡ります。長い道の場としての歴史を経て、明治12年（1879年）に正式な寺号を与えられ、「瑞願寺」として独立した寺院となりました。

寺院の起源と発展

瑞願寺の縁起によれば、その祖先は天台宗の僧侶で、楠氏の血筋を引くとされています。この僧侶が本願寺の5代覚如の教えを受け、真宗に帰依して井波瑞泉寺の道場坊となり、五箇山の下梨の地に念仏道場を開いたと伝えられています。ただし、現代の歴史学では、覚如の時代にすでに五箇山に真宗が深く根付いていたとする伝承には慎重な見方が多く、本願寺8代蓮如の時代になって初めて、真宗の教えが本格的に五箇山に広まったとする説が有力視されています。

蓮如は文明年間、越前国吉崎に滞在し、北陸地方における本願寺の門徒拡大に大きな影響を与えました。長らく住職がいなかった井波瑞泉寺にも、この時期に本願寺の血筋を引く人物が住持として入ります。瑞泉寺の6代目住持である賢心は、五箇山の重要な真宗門徒であった赤尾の道宗と交流があったとされ、賢心の時代に五箇山に瑞泉寺を本寺とする門徒集団が形成されたようです。当時、五箇山では本覚寺や専光寺、常楽寺といった越中国外の有力寺院も教線を伸ばしていましたが、井波瑞泉寺は地理的な利点を活かし、庄川沿いの小谷・下梨谷といった地域を中心に門徒を増やしていきました。

五箇山における瑞泉寺門徒の中心的な存在となったのが下梨道場でした。この頃、修理亮乗資という人物が道場主を務めていたと考えられています。修理亮乗資は、赤尾の道宗が亡くなった後に五箇山の真宗門徒を代表する立場に就いたとみられ、天文21年（1552年）に作成された「五箇山十日講起請文」には、86名の署名者の筆頭としてその名が記されています。また、瑞願寺が所蔵する古文書の中でも最も古いものとして、本願寺9代証如から下された天文5年（1536年）から天文8年（1539年）にかけての請取書状が残されており、道場の歴史の古さを物語っています。天正9年（1581年）、井波瑞泉寺が佐々成政の攻撃を受けて焼失した際には、7代目住持の顕秀とその弟である維秀が下梨道場に避難するなど、下梨道場は井波瑞泉寺にとって五箇山における最重要拠点と認識されていました。

五箇山市助と地域支配

天正13年（1585年）に富山の役を経て佐々成政が越中を離れ、前田家による支配が始まると、下梨道場主であった初代市助が五箇山全体の取りまとめ役として登場します。天正16年（1588年）には、前田家から「五ヶ山」に対して年貢の納入を命じる書状が瑞願寺に現存しており、この頃まだ加賀藩の支配体制が十分に確立していなかったため、市助という有力者を介して税の徴収が行われたと考えられています。

二代目、三代目と市助が代を継ぐ間には、見座村や坂上西勝寺といった他地域の有力者から、五箇山の年貢額を引き上げる提案（手上げ）がなされ、その見返りとして市助に代わって代官職（十村役）を得ようとする動きが何度かありました。これに対し、市助側も年貢の引き上げを申し出た結果、代官職は市助が引き続き務めることになりましたが、五箇山全体の納税額が増加する結果となりました。

慶安2年（1649年）には、井波瑞泉寺が西本願寺派から東本願寺派に宗旨を変更するという大きな出来事があり、四代目にあたる梨子之市助（=四代目市助）がこの転派に重要な役割を果たしたと伝えられています。しかしその数年後の慶安4年（1651年）より、五箇山の代官支配体制は再編され、西半（赤尾谷、上梨谷、下梨谷）と東半（小谷、利賀谷）に分割されました。市助は引き続き西半を担当しましたが、東半には新たに細嶋村の人物が代官として任命されました。さらに、五代目市助の跡を継ぐはずだった人物が幼少であったため、六代目市助は任命されず、松尾村の人物が後任とされました。これにより、約100年間にわたる市助による五箇山の支配は幕を閉じました。

近現代の歩み

明治維新後、下梨道場は独立した寺院として認められることを目指します。明治4年（1871年）には、それまで属していた東本願寺派から西本願寺派への改派と独立寺院化を願い出ましたが、門徒や村役人、井波瑞泉寺の強い反発にあい、この計画は一旦頓挫しました。

しかしその後間もなく、石川県令の許可を得て、下梨道場は明治12年（1879年）12月12日、「瑞願寺」として正式に独立した寺院となりました。この際、瑞願寺の門徒とならず、引き続き井波瑞泉寺を本寺として信仰を続けた人々は、高田次兵衛家を下梨道場の代わりの役所とし、井波誓立寺を手次寺としたと言われています。瑞願寺の本堂は江戸時代後期に建てられたものですが、昭和40年（1965年）に大規模な改修が行われ、現在に至っています。

貴重な文化財

瑞願寺は、その長い歴史の中で貴重な文化財を多数伝えています。特に重要な二件が南砺市の文化財に指定されています。

瑞願寺文書

瑞願寺には、五箇山市助が加賀藩の代官を務めた時期に関わる非常に価値の高い古文書群が保管されており、「瑞願寺文書」と呼ばれています。これらの文書は、本願寺10代証如が五箇山に宛てた書状、加賀藩による五箇山統治の初期に関わるもの、代官を務めた市助の記録を写したもの、そして寺院自身の記録や寺宝に関する文書など多岐にわたります。これらの史料は、五箇山の歴史、特に前田家による初期の藩政を知る上で不可欠なものであり、金沢市立図書館の「加越能文庫」にも収録され、『大日本古文書』や『大日本史料』といった歴史史料集にも掲載されています。平成元年（1989年）6月10日、旧平村の有形文化財に指定され、現在は南砺市がその指定を引き継いでいます。

木造阿弥陀如来立像

瑞願寺に安置されている木造阿弥陀如来立像は、井波瑞泉寺の本堂にあったものが、天正9年（1581年）の瑞泉寺焼失時に下梨道場へ避難した際にもたらされたと伝えられています。高さ75.5センチメートル、重量2.5キログラムという、堂々とした大きさの立像です。後に瑞泉寺から小型の像との交換が申し出られたものの、下梨道場側がこれを受け付けなかったとされています。

材質はカツラ材で、複数の木材を組み合わせて造る寄木造りの技法が用いられています。彫刻は深く施されており、白毫や玉眼には水晶が嵌め込まれています。室町時代初期の作と推定されており、その歴史的な古さと美術的な価値が評価されています。この仏像は、瑞願寺の長い歴史と厚い信仰心を伝える象徴として、瑞願寺文書と同日の平成元年6月10日に有形文化財に指定されています。

瑞願寺は、瑞泉寺下の念仏道場という起源を持ち、五箇山の真宗信仰の歴史において重要な位置を占めています。本願寺が東西に分かれた後、井波瑞泉寺が東本願寺派に属したため、五箇山の瑞泉寺系門徒は、井波瑞泉寺を本寺とする門徒と、西本願寺派に属する城端瑞泉寺を本寺とする門徒に分かれて、現在に至っています。瑞願寺は前者、つまり東本願寺派に属しています。

これらの歴史的背景と貴重な文化財を通じて、瑞願寺は五箇山地域の信仰と歴史を今に伝えています。

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