矢口洪一

矢口洪一（やぐち こういち）

1920年2月20日、東京に生まれた矢口洪一は、日本の裁判官であり、第11代最高裁判所長官を務めた人物です。2006年7月25日に86歳で逝去しました。父の矢口家治も裁判官という法曹一家に育ちました。

生涯

矢口は第三高等学校、京都帝国大学法学部を卒業後、1943年に高等試験司法科試験に合格し、海軍法務見習尉官となります。終戦時は海軍法務大尉として佐世保鎮守府軍法会議に所属していました。戦後、司法修習を経て裁判官の道を歩み始めます。

1948年に大阪地方裁判所に配属されたのを皮切りに、最高裁判所事務総局人事局付、東京地方裁判所、横浜地方裁判所、最高裁判所事務総局民事局付などを経て、1957年には最高裁判所事務総局民事局第二課長に就任します。その後も、最高裁判所事務総局経理局主計課長、総務課長兼営繕課長、東京地方裁判所、最高裁判所事務総局総務局制度調査室長、東京地方裁判所、最高裁判所事務総局民事局長兼行政局長、人事局長、事務次長などを歴任します。1977年に浦和地方裁判所所長、1978年に東京家庭裁判所所長を経て、1980年には最高裁判所事務総長に就任。1982年には東京高等裁判所長官、1984年には最高裁判所判事となり、1985年には第11代最高裁判所長官に就任しました。1990年に最高裁判所長官を退任。1993年には勲一等旭日桐花大綬章を受章しました。

人物像

矢口のキャリアの特徴として、裁判官生活の3分の2を法服ではなく背広姿で過ごしたことが挙げられます。事務総長をはじめ、最高裁の7局のうち5局を経験した人物は矢口以外にはいません。そのため、司法行政の表裏を知り尽くした「ミスター司法行政」と呼ばれました。

公害問題への取り組み

民事局長時代には、四大公害訴訟（熊本水俣病、新潟水俣病、イタイイタイ病、四日市ぜんそく）において、被害者の立証の難しさを緩和する理論を提唱し、早期解決に尽力しました。

最高裁判所長官としての取り組み

長官就任の際には、「司法は必要最小限度の先取りを行う」としつつも、必要があれば毅然と行動する姿勢を示しました。適正かつ迅速な裁判が永遠の課題であると述べ、司法制度改革に取り組みました。1988年から1990年にかけて、竹﨑博允、山室惠、白木勇の各判事をアメリカやイギリスへ派遣し、陪審制及び参審制の調査を行わせました。また、弁護士任官制度の整備、裁判傍聴人メモ解禁、法廷撮影の部分緩和など、国民と司法の距離を縮める様々な改革を推進しました。

1989年には、全国の41支部を廃止し、2支部を新設する決定を下しました。また、森林法共有林事件では、最高裁大法廷の裁判長として法務大臣の意見陳述を許可し、森林法の共有林分割禁止規定を違憲とする判決を導きました。

後任の最高裁判所長官には、当時「13人飛び抜き人事」と言われた草場良八を指名しました。また、外国人の司法修習生の受け入れに関しても、日本の法令順守の誓約書提出を廃止しました。

退官の際には、「司法が抱える問題解決の糸口を作った」と述べ、司法の固定化を防ぐための見直しのきっかけを作ったと語っています。

退官後

退官後も司法のあり方について積極的に発言し、「最高裁はもはや単なる司法機関ではなく政治機関である。長官は広い意味で政治家でなければならない」と述べています。死後、従二位に昇叙されました。

著書

『最高裁判所とともに』有斐閣、1993年。

評伝

御厨貴『後藤田正晴と矢口洪一の統率力』 朝日新聞出版 2010年
御厨貴『後藤田正晴と矢口洪一　戦後を作った警察・司法官僚』 ちくま文庫、2016年

参考文献

野村二郎『最高裁全裁判官：人と判決』三省堂、1986年。
野村二郎『日本の裁判史を読む事典』自由国民社、2004年。
朝日新聞「孤高の王国」取材班『孤高の王国裁判所』朝日文庫、1994年。
山本祐司『最高裁物語（下）』講談社+α文庫、1997年。
西川伸一『最高裁裁判官国民審査の実証的研究　「もうひとつの参政権」の復権をめざして』五月書房、2012年。

もう一度検索