矢口町

矢口町：環八通り沿いに栄えた東京府荏原郡の町

東京都大田区の南西部、環状八号線沿いに広がる地域は、かつて東京府荏原郡に属した矢口町でした。本稿では、矢口町の歴史、交通、教育機関、そして町を特徴づけた施設などについて詳しく見ていきます。

明治から昭和初期にかけての変遷

矢口町の歴史は、明治22年（1889年）に町村制が施行されたことに始まります。蓮沼村、道塚村、小林村、安方村、原村、今泉村、古市場村、矢口村、下丸子村の全域と、鵜ノ木村の一部が合併して矢口村が誕生しました。

その後、明治45年（1912年）には、多摩川を挟んで蛇行していた神奈川県橘樹郡との境界線が変更され、橘樹郡御幸村の一部が矢口村に編入されるなど、地域境界の調整が行われました。

昭和3年（1928年）2月11日には、矢口村は町制を施行し、矢口町となりました。この時点では、矢口町は荏原郡に属していましたが、昭和7年（1932年）10月1日、荏原郡全域が東京市に編入され、矢口町の区域は蒲田区となりました。そして、昭和22年（1947年）3月15日には、蒲田区が大森区と合併して大田区が設置され、現在に至っています。

交通の要衝として

矢口町は、重要な交通路に位置していました。鉄道では、目黒蒲田電鉄（現在の東急電鉄）目蒲線が通り、下丸子駅、武蔵新田駅、矢口渡駅、本門寺道駅（後に廃駅）が設置されていました。また、池上電気鉄道（現在の東急電鉄）本線には蓮沼駅がありました。道路では、国道15号（当時は1号国道、京浜国道）が町の重要な交通動脈として機能していました。これらの交通網は、矢口町の経済活動や住民の生活を支えていました。

教育と地域社会

矢口町には、多くの教育機関が存在していました。矢口農商公民学校、矢口実修女学校、矢口町青年訓練所、矢口尋常高等小学校、矢口東尋常小学校、矢口西尋常小学校、黒沢尋常小学校など、教育の充実が図られていました。これらの学校は、地域社会の発展に貢献するとともに、多くの住民の学びの場を提供していました。

町の象徴的な施設

矢口町には、慶應義塾新田運動場という重要な施設がありました。1926年に開設されたこの運動場は、400mトラック、蹴球場、1万5千人収容の野球場、テニスコートを備えた大規模なものでした。六大学野球黄金期には、慶應義塾体育会野球部の本拠地として利用され、多くの名勝負が繰り広げられました。その後、同潤会に売却され、現在は跡地となっています。

また、昭和5年（1930年）に完成した矢口浄水場は、民間の水道会社矢口水道の浄水場として、町の住民に清潔な水を供給していました。これらの施設は、矢口町の発展を支える重要な役割を果たしていました。

現在の地名と歴史的遺産

現在の地名として、下丸子、新蒲田、多摩川、東矢口、矢口などが、旧矢口町の区域に相当します。これらの地域には、矢口町の歴史を偲ばせる痕跡が今も残っており、当時の面影を探る手がかりとなっています。

まとめ

矢口町は、明治から昭和初期にかけて、環八通り沿いに発展した東京府荏原郡の町でした。その歴史は、町村制の施行から始まり、町制施行、東京市への編入、そして大田区の一部となるまでの変遷を経てきました。交通、教育、そして慶應義塾新田運動場や矢口浄水場といった重要な施設は、町の発展を支えていました。現在の大田区の一部であるこれらの地域には、矢口町の歴史的遺産が今も息づいています。

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