社会性俳句

社会性俳句（しゃかいせいはいく）

社会性俳句は、第二次世界大戦後の激動期に日本の俳句界で巻き起こった重要な文学運動です。戦争を経て社会の価値観が大きく揺れ動く中で、「俳句とは何か」という根本的な問い直しの中から生まれました。単に個人的な感情や情景を詠むだけでなく、社会が抱える様々な問題や矛盾、人間の生活といったテーマを積極的に捉え、句に表現しようとする試みでした。

歴史的背景と展開

俳句における社会的な視点は、近代に限らず、江戸時代の作品にも、貧富の差や封建的な身分制度への疑問といった形でその萌芽を見出すことができます。また、明治以降の新傾向俳句や、昭和初期のプロレタリア俳句運動、新興俳句、自由律俳句などが、社会性俳句の先駆的な動きとして挙げられます。しかし、この言葉が運動としてクローズアップされたのは、一般的に1958年（昭和33年）に角川書店発行の総合俳誌『俳句』が「俳句と社会性の吟味」という特集を組んだことが契機とされています。これは、新たに編集長に就任した大野林火の発案によるものでした。また、1946年に桑原武夫が『世界』誌上で発表した「第二芸術論」が俳句の文学的価値を否定的に論じたことへの反発も、社会性俳句の問題意識が高まった背景の一つと考えられます。加藤楸邨、中村草田男といった有力な俳人やその影響下にある人々、あるいは戦前の新興俳句系俳人、そして戦争という未曽有の体験を経た人々など、多くの俳人が社会的なテーマへの関心を深めていきました。

中村草田男は、1953年の句集『銀河依然』の序文で、「思想性・社会性とでも命名すべき、本来散文的な性質の要素と純粋な詩的要素とが、第三存在の誕生の方向に向かって、あいもたれつつも、ここに激しく流動している」と述べ、散文的な要素と詩的な要素を融合させた新しい俳句の可能性として社会性に言及しました。これは社会性俳句のあり方に関する議論の火付け役となりました。

いくさよあるな麦生（むぎふ）に金貨天（あま）降るとも　中村草田男

1954年には、同人誌「風」が俳句と社会性に関するアンケート特集を組み、これを機に社会性とは何かを巡る本格的な論争が勃発しました。金子兜太はここで「社会性とは態度の問題」であり、「自分を社会的関連のなかで考え、解決しようとする『社会的な姿勢』が意識的にとられている態度」だと主張しました。沢木欣一は、「社会性のある俳句とは、社会主義的イデオロギーを根底に持った生き方、態度、意識、感覚から生れる俳句を中心に広い範囲、過程の進歩的傾向にある俳句」と定義しました。佐藤鬼房は、「批評精神のないリアリズムというものは考えられないのであり、社会主義リアリズムはその発展した表現」と述べ、社会性俳句における批評精神の重要性を指摘しました。これらの見解に対して、山本健吉、平畑静塔、神田秀夫らからの反論が起こり、沢木、金子らの立場を支持する原子公平らを交えた白熱した論争が繰り広げられました。

時代背景と周辺の動き

このような論争の背景には、当時の社会が直面していた深刻な問題がありました。原水爆実験反対運動、米軍基地反対闘争、冤罪が指摘された松川事件、度重なる労働争議など、戦後日本の苦悩や貧困が俳句における社会性への関心を高めたのです。また、主として労働組合が職場で組織した「職場俳句運動」も、社会性俳句の受け皿となり、運動を支える一助となりました。さらに、戦前から続く人間探求派の俳句や、戦後に隆盛した境涯俳句、療養俳句なども、人間の生き様や苦悩を詠む点で社会性俳句と共通する部分がありました。

代表的な作品と俳人

社会性俳句を代表する句集としては、東北の貧しい村を詠んだ能村登四郎の『合掌部落』や、石川県の塩田労働を描いた沢木欣一の『塩田』などが大きな話題となりました。この運動に関わった特筆すべき俳人には、古沢太穂、金子兜太、鈴木六林男、佐藤鬼房、能村登四郎などが挙げられます。また、自由律俳句の分野では、栗林一石路、橋本夢道、横山林二、吉川金次らが社会性のある作品を多く発表しました。

運動の終息と現代への影響

社会性俳句は、高度経済成長期に入り「一億総中流」意識が広がる中で、運動としての熱は次第に冷め、衰退していきました。文学運動として新たな展開を見出せなかったこと、俳句の持つ文学性との矛盾、あるいは単純な標語のような「スローガン俳句」や「プラカード俳句」が社会性俳句の本質と混同されるケースがあったことも要因です。また、当時、急進的な立場を取っていた沢木欣一や佐藤鬼房、能村登四郎といった中心的な俳人たちが、時を経て徐々に保守的な姿勢に転じたことも、運動が下火になる要因の一つとなりました。沢木欣一が文部省に移り教科書検定に関わったことも、その立場が変化したことを示唆しています。俳人の今井聖は、当時の社会性俳人が流行を演出し、その後「俳壇的成功者」として「俳諧」へ転向していったことを強く批判しています。

運動としてのピークは過ぎ去りましたが、社会的なテーマを詠む意識は、多くの俳人の心の中に現在でも強く根付いています。社会性俳句を掲げる新俳句人連盟は現在も活動を続けており、古沢太穂の流れを汲む松田ひろむの結社「鴎座」は、社会性を「生活感覚」として現代に生かそうとしています。また、松本清張の社会派推理小説になぞらえ、現代では「社会性」というよりも「社会派」と呼ぶべきだという見方（金子兜太の考え）もあり、その問題意識は形を変えながらも引き継がれています。

社会性俳句運動は、戦後日本という特定の時代背景のもと、俳句が社会とどのように向き合うべきかという問いを真剣に追求した重要な出来事でした。その問いは、現代の俳句においても、また他の芸術分野においても、依然として考えるべきテーマであり続けています。

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