福羽逸人

福羽 逸人（ふくば はやと/いつじん）は、江戸時代末期に生まれ、明治から大正にかけて活躍した日本の多才な人物です。安政3年（1856年）に石見国津和野藩で、藩士佐々布利厚の三男として誕生しました。幼くして父を亡くしましたが、16歳で国学者福羽美静の養子となり上京。旧藩主が開設した塾で学び、その後、工部省工学寮に進みます。しかし、数学や物理よりも園芸に強い関心を抱いていた福羽は、工学寮を辞し、内藤新宿試験所の実習生として農業・園芸の道へと進みます。

学農社農学校で農学と農芸化学を修めた後、1878年には内務省勧農局試験場に勤務。農業や園芸の実践的な技術を磨き、特に果樹栽培に力を入れました。各地の栽培地を調査する中で、先進地であった甲州（現在の山梨県）のぶどう栽培に注目し、その調査結果をもとに『葡萄園開設論』を執筆。この論文が当時の勧農頭であった松方正義の目に留まったことが、福羽の運命を大きく変えるきっかけとなります。特別な知識や経験がなかったにも関わらず、播州葡萄園（現・兵庫県稲美町）の設立責任者に抜擢され、後にその園長を務めました。

播州葡萄園が台風で大きな被害を受けた後、福羽は欧米での園芸研究を決意します。厳しい政府財政の中、大蔵大臣松方正義や農商務大輔品川弥二郎らの支援を得て、さらに伊藤博文首相に直接目的を熱心に陳述することで、念願の欧米視察を実現させました。イタリア、フランスで園芸を学び、米国も巡回。この経験が、日本の近代園芸・造園技術の発展に大きく貢献することとなります。

帰国後、福羽は農商務省技師補、東京農林学校（後の帝国大学農科大学）兼務となり、日本で初めて園芸学を担当しました。1891年には宮内省御料局技師として内匠寮に勤務。宮廷園芸の中心人物となっていきます。特に、新宿御苑の再整備は彼の代表的な業績の一つです。パリのベルサイユ園芸学校校長アンリ・マルチネの助言も得ながら、広大な敷地を和洋折衷の美を持つ大庭園へと改造しました。また、日比谷公園の建設にも関与し、西洋式花壇の設計・造成を指揮するなど、近代的な都市公園の整備にも貢献しました。

宮内省では植物御苑掛長、内苑局長を歴任し、宮廷の庭園・園芸全般を統括。武庫離宮（須磨離宮公園）の庭園設計や、各地の邸宅庭園の改良も手がけています。さらに、東京市の街路樹研究や、韓国・昌慶宮のガラス温室設計なども行いました。欧米視察を重ね、西欧の園芸学を積極的に日本に導入し、学問としての基盤を築きました。

園芸分野での貢献は多岐にわたりますが、特に有名なのがイチゴの新品種開発です。当時の西洋イチゴは日本での栽培が難航していましたが、福羽はフランスから輸入した種子を新宿御苑で実生させ、優れた特性を持つ個体を選抜。「福羽」という名の新品種として発表しました。この「福羽」は、その後の日本における主要なイチゴ品種（「女峰」など）の親となり、日本のイチゴ栽培の発展に不可欠な存在となりました。

また、造園・園芸の専門家でありながら、大正天皇の即位礼における食事会「大饗」の指揮監督官という異例の任務も務めました。海外経験や宮中行事に関する豊富な知識が高く評価された結果であり、この経験を詳細に記録した『大饗紀事』を著しています。料理人の秋山徳蔵もこの時の部下でした。

菊栽培にも早くから興味を持ち、特に大作り菊の栽培技術向上に努めました。その成果は明治33年のパリ万国博覧会で展示され、各国の審査官を驚かせたと言われています。

1917年に宮内省を退職した後も宮中顧問官を務め、1919年には農学博士号を授与されました。位階は正三位、勲等は勲一等、爵位は子爵に叙せられています。主な著述に『果樹栽培全書』や『蔬菜栽培法』などがあり、その著作は当時の日本の園芸技術水準を示す貴重な資料となっています。

福羽逸人は、近代日本の造園・園芸分野において、新品種の開発、技術の導入、学問体系の構築、そして宮廷庭園の整備といった多方面にわたり、計り知れない功績を残した人物として記憶されています。

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