内匠寮

内匠寮：日本の伝統技術と皇室を支えた官庁

律令制における内匠寮

内匠寮は、古代日本の律令制において、中務省に属した重要な官庁でした。その名称は「たくみりょう」や「うちたくみのつかさ」とも呼ばれ、天皇家の調度品や儀式用具の製作を主な任務としていました。

その起源は神亀5年（728年）聖武天皇の時代に遡り、令外官として設立されました。当初から四等官が設置されるなど、重要な位置を占めていたことがわかります。内匠寮のルーツは、天武天皇時代の飛鳥池工房のような天皇家の官営工房にあり、律令国家の整備とともに、鋳銭司など他の技術系官司とともに発展していったと考えられています。

唐代の少府監をモデルとして設立されたとされ、「少府」や「尚方」という唐名も用いられていました。日本の他の官営工房と異なり、伴部や品部といった特定の部民層ではなく、様々な職人が集められて運営されていた点が特徴です。これは、日本の工業の出発点と言える重要な組織でした。

内匠寮の職掌は、天皇家の調度品や儀式用具の製作です。当初は、内匠頭に四位の皇族が任命されるなど、調度製作の中心的役割を担っていました。しかし、奈良時代後期には、勅旨省や造東大寺司といった新たな組織が設立され、内匠寮の一部機能を奪われることになります。内匠頭の位も五位相当に降格されました。これは、皇族の粛清による人材不足も影響していたと考えられています。

その後、勅旨省や造東大寺司が廃止されると、内匠寮は再び整備され、大蔵省典鋳司や中務省画工司、大蔵省漆部司を合併するなど規模を拡大していきました。延喜式には、公印鋳造の業務も職掌に含まれていることが明記されています。平安時代前期から中期にかけては、官営工房の中心として、太政官や蔵人所の命令を受けて調度製作に従事しました。

平安時代中期以降は、作物所、画所、木工寮、修理職など他の官司に徐々に職掌を奪われるようになります。これは、大規模儀式の減少や朝廷財政の衰退、行事所制や別当制の導入などが原因で、内匠寮の機能が縮小し、他の官司との機能分担が進んだためです。しかし、内匠寮は形骸化したわけではなく、12世紀には右大臣が内匠寮別当を兼務するなど、朝廷運営に不可欠な官司として存続し続けました。

内匠寮の職員

内匠寮には、様々な職種の人々が従事していました。

長官: 内匠頭（従五位下相当）一名。唐名は少府監、尚方監など。
次官: 内匠助（正六位下相当）一名。唐名は少府少監、中匠令。
その他の職員: 大允、少允、大属、少属、史生、寮掌、使部、直丁、駆使丁、雑色作手（長上工・番上工）など。

近代の宮内省内匠寮

明治維新後、内匠寮は宮内省に設置されました。1869年（明治2年）の職員令によって前身組織が設置され、1871年（明治4年）には内匠司、1873年（明治6年）には内匠課となり、1885年（明治18年）に内匠寮と改称されました。

宮内省内匠寮は、宮殿や離宮などの建築、内装、設備、庭園、土木工事など、皇室財産や宮廷に関わる営繕を広く担当しました。1903年（明治36年）の官制改正では、「宮殿その他の建築物の保管、建築・土木・電気・庭苑および園芸に関する事務」を管掌することと明確に規定されました。

造園部門は、一時内苑寮として独立しましたが、1915年には内匠寮工務課に属する庭園係となりました。工務課は、国会議事堂の設計競技にも参加するなど、高い技術力を誇っていました。朝香宮邸、秩父宮邸、李王家邸、高松宮邸などの設計・建設にも携わり、ラジエーターカバーやモザイクのデザイン、照明や家具のデザインなど、多様な分野で活躍した優秀な技師を多数抱えていました。また、国立博物館本館の実施設計も行っています。

造園部門は、庭園の築設・修築、管理のほか、陵墓の造園、野菜・果樹・花卉の栽培、養鶏、魚類の管理など、広範な業務を担っていました。小平義近、福羽逸人、市川之雄ら著名な造園技師が在籍し、日比谷公園の設計案提出などにも関わっています。

第二次世界大戦後の1945年（昭和20年）には、宮内省の機構整理により、主馬寮と統合され、主殿寮となりました。

内匠寮が担当した作品

内匠寮は、数多くの皇室建築や庭園を手がけました。

宮殿・離宮: 宮城、赤坂仮皇居、東宮御所（現・迎賓館赤坂[[離宮]]）、武庫離宮、二条離宮本丸御殿（現・元離宮二条城本丸御殿）、名古屋離宮（現・名古屋城）、浜離宮、芝離宮など
御用邸: 日光田母沢御用邸、沼津御用邸、熱海御用邸、鎌倉御用邸、箱根宮ノ下御用邸など
宮邸: 竹田宮邸、東伏見宮邸、秩父宮邸、李王家東京邸、高松宮邸、朝香宮邸、旧久邇宮邸など
その他: 帝室博物館、赤坂仮皇居御会食所（現・明治記念館本館）、新宿御苑旧洋館御休所、皇室鴨場など、数多くの建築や庭園の設計・建設に携わっています。

参考文献

芳之内圭「奈良時代の内匠寮」「平安時代の内匠寮」（『日本古代の内裏運営機構』）
十川陽一「内匠寮について」（『日本古代の国家と造営事業』）
戦前期官僚制研究会編『戦前期日本官僚制の制度・組織・人事』
小沢朝江「明治宮殿造営組織における図工の職務と就業状況」
小野木重勝「皇居造営機構と技術者構成」

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