稲田献一

稲田 献一（いなだ けんいち）

日本の経済学者、稲田献一は1925年3月8日に生まれ、2002年5月17日にその生涯を終えました。彼の学術的な足跡は、経済学における数学的手法の応用と、経済システムの進化論的解釈というユニークな視点によって特徴づけられます。

略歴

群馬県の出身である稲田献一は、旧制群馬県立桐生中学校、そして旧制第一高等学校で学びました。東京大学理学部数学科に進学し、同大学院を修了。当初は数学の道を究めましたが、その後、経済学の世界へと転身します。

教育者としては、東京都立大学教授を経て、大阪大学社会経済研究所の教授を務めました。大阪大学では長年にわたり研究と教育に尽力し、1988年に定年退官。その功績を称えられ、名誉教授の称号が贈られました。

研究分野と業績

稲田献一の専門は、数理経済学と進化経済学に及びます。数学で培った厳密な思考と分析手法を経済学に応用し、経済現象の理論的解明に貢献しました。特に、線形計画法などの数理的なツールを用いた経済分析に関する研究は、この分野の発展に重要な役割を果たしました。

さらに、彼は経済システムを進化の観点から捉える「進化経済学」にも力を注ぎました。生物の進化のように、経済もまた変化し、淘汰され、新たな形態へと発展していくという視点から、経済の動態やイノベーションのプロセスを考察しました。数学的背景を持ちながら、経済と進化論を結びつけるという学際的なアプローチは、当時の経済学界において革新的でした。この独自の視点から、経済構造の変動や成長のメカニズムなど、多様なテーマを探求しました。

主な著作

稲田献一の研究成果は、多くの著作として公刊されています。数理経済学の理論と応用を扱った初期の代表作には、『リニアー・プログラミングの理論と応用』（ダイヤモンド社, 1957年）や、『現代経済分析 限界分析とリニア・プログラミング』（弘文堂, 1959年）があります。経済数学の入門書として広く読まれた『経済数学の手ほどき』（日本経済新聞社, 1965年）は、この分野への門戸を広げました。

彼の経済に対する独自の思想や洞察がうかがえる著作としては、『新しい経済学 ビジョンと実証』（日本経済新聞社, 1965年）、『価格論入門』（日本評論社, 1971年）、そして経済学をより身近に感じさせる『経済学の散歩道』（日本経済新聞社, 1977年）などがあります。また、現代社会における経済的弱者の立場に光を当てた『弱者の経済学』（東洋経済新報社, 1977年）も注目されます。

共編著も多数あり、他の研究者との共同作業を通じて、日本の経済学研究の発展に貢献しました。『経済成長の理論と計測』（岩波書店, 1966年）、『経済数学のすすめ』（有斐閣, 1972年）、『経済発展のメカニズム』（創文社, 1972年）などは、当時の主要な研究課題であった経済成長や発展に関する共同研究の成果です。さらに、『現代経済学 5 経済発展と変動』（岩波書店, 1972年）や、『近代経済学再考』（有斐閣, 1974年）では、現代経済学の重要な論点を他の有力な経済学者と共に考察しています。技術革新や現代科学への関心も深く、『日本の技術革新』（有斐閣, 1981年）や『現代サイエンス探訪』（日本経済新聞社, 1983年）といった編著も残しています。

海外の重要な経済学者の著作の翻訳も手がけており、八木甫と共に訳したレオナルド・シルク著『現代の経済学者 5大エコノミストの栄光と苦悩』（日本経済新聞社, 1978年）は、世界の経済学の動向を紹介する上で貴重な一冊となりました。

稲田献一は、数学的厳密さと経済学、進化論という異分野を結びつけることで、独創的な研究を展開しました。その多角的な視点と幅広い活動は、日本の経済学界に確かな足跡を残しています。

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