立川流 (密教)

真言立川流：歴史と誤解の解明

立川流は、平安時代末期から江戸時代中期にかけて存在した、真言宗に属する日本密教の一法流です。真言立川流とも呼ばれ、真言宗醍醐派三宝院を起源とする由緒ある系統です。創始は蓮念（仁寛、没1114年）と見蓮とされていますが、その詳細については不明な点が多く、近年まで謎に包まれた存在でした。

系譜と起源

密教では、師弟関係を記録した系図である血脈が重視されます。立川流の血脈は、大日如来・金剛菩薩から弘法大師空海へと連なり、その後、真雅、源仁、聖宝（醍醐寺の開基）、観賢、淳祐、元杲、仁海、覚源、定賢、勝覚と続き、蓮念へと至ります。蓮念は、伊豆国への流罪後に改名した仁寛であると一般的に考えられています。蓮念までは醍醐派三宝院の正統な血脈に属しており、蓮念以降が立川流の独立した始まりとみなせます。

蓮念の弟子である見蓮については、詳細な記録は残っていません。柴田賢龍によれば、当時天台宗であった久能寺（後の臨済宗鉄舟寺）の僧であり、藤原教長という公卿とも関係があった可能性が指摘されています。立川流の血脈には必ず蓮念と見蓮が含まれるため、これを基準に、後世に現れた別の集団との区別が可能だとする説があります。

「立川流」という名称は、少なくとも建暦元年（1211年）には用いられていたことが史料から確認できます。また、剱阿（1261～1338年）の自筆資料に「武蔵国立川蓮念」と記されていることから、「立川」は武蔵国立川（現在の東京都立川市）に由来すると推測されています。

著名な僧侶と関連史料

立川流に連なる著名な僧侶としては、称名寺（金沢文庫）の開山となった審海（1267年）や、新義真言宗を創始した頼瑜（1226～1304年）などが挙げられます。しかし、近年注目されているのは、心定（1215～？）です。心定は『受法用心集』（1268年）の中で、髑髏本尊を祀る性的儀式を行う密教集団を批判したとされています。

ただし、この記述の解釈には注意が必要です。『受法用心集』には、批判対象の集団の名称は明記されておらず、心定が立川流の僧侶であったかも不明確です。さらに、『受法用心集』の写本の年代によっては、本文の加筆修正の可能性も考慮する必要があります。

誤解と風評被害

恵海『破邪顕正集』（1281年）や宥快『宝鏡鈔』（1375年）といった文献では、『受法用心集』の内容を基に、立川流が髑髏本尊を祀る邪道であるかのような印象操作が行われ、風評被害を受けたと考えられています。この誤解によって、後醍醐天皇の側近である文観も立川流の一人と誤認されるようになりました。

2000年代以降、ドイツの日本学者シュテファン・ケックらによる史料批判が進み、真言立川流、髑髏本尊を祀る集団、文観派はそれぞれ別個の集団であるという見解が有力となっています。本来の立川流に関する研究は、醍醐寺の柴田賢龍らによって初めて本格的に行われました。

立川流の衰退と消滅

『宝鏡鈔』による邪教との汚名を着せられた後、立川流は衰退の一途を辿り、江戸時代中期には完全に消滅したと考えられています。現在、立川流に関する研究は、歴史的史料の精査と、正確な理解に基づいた客観的な分析が求められています。 立川流の真の姿を明らかにするためには、さらなる研究と史料の発掘が不可欠です。

もう一度検索