第一文法論文

第一文法論文（Fyrsta Málfræðiritgerðin）について

『第一文法論文』は、12世紀に書かれた古ノルド語（古アイスランド語）の音韻論に関する重要な文献です。別名『第一文法論』、『第一文法書』とも呼ばれます。この文献は、アイスランドの写本ヴォルム写本に収録された4つの文法関連文献の最初に位置することから、この名が付けられました。

著者と背景

著者は特定されておらず、今日では一般的に「第一文法論者」（First Grammarian）と呼ばれています。20世紀中盤には、構造言語学的な手法を用いてアイスランド語の音素を分析し、詳細な一覧表を作成した点が注目を集めました。特に、当時多く存在した鼻母音の音素を明らかにしたことは、この文献の大きな功績です。もしこの論文がなければ、当時のアイスランド語に鼻母音が存在していた事実は、現在ではわからなくなっていたかもしれません。

意義

この論文は、アイスランド語で書かれた最古の文献の一つであり、北欧諸語全体で見ても非常に古い部類に入ります。ラテン語やギリシア語の文法論文の伝統を受け継ぎ、古ノルド語を扱った言語学的考察であり、12世紀中頃に成立したと考えられています。言語学者のHreinn Benediktssonは、成立年代を1125年から1175年の間と推定していますが、それ以上の特定は困難としています。

『第一文法論文』は、北欧のサガが書き始められる直前の時代の言語を記録した主要な資料として、古ノルド語研究において非常に重要な位置を占めています。また、ルーン文字に代わるラテン文字によるアイスランド語アルファベットを作成するために、当時のアイスランド語の発音を詳細に調査しました。この調査に基づいて、þやðといった文字、長母音を示すダイアクリティカルマーク、そしてオゴネク付きo（ǫ）などが提案されました。

オゴネク付きoは、当時は独立した音素でしたが、現代アイスランド語ではoウムラウト（ö）に統合されています。第一文法論者が提案したアルファベット体系は、完全には採用されませんでしたが、一部の要素は後世のアイスランド語の表記法に影響を与えました。

アルファベット

論文で示されたアルファベットの特徴は以下の通りです。

長母音はアキュート・アクセントで表記（例：á）。
鼻母音はドットで表記。
スモールキャピタルは長子音を表す。
ストローク付きG (Ǥ) は eng の省略表記で、/ŋg/ の音を表す。

論文で提案された具体的な文字は以下の通りです。

Raddarstafir（母音）: a, ȧ, ǫ, ǫ̇, e, ė, ę, ę̇, ı, i, o, ȯ, ø, ø̇, u, u̇, y, ẏ
Samhljóðendr（子音）: b, ʙ, c, ᴋ, d, ᴅ, f, ꜰ, g, ɢ, ǥ, h, l, ʟ, m, ᴍ, n, ɴ, p, ᴘ, r, ʀ, s, ꜱ, t, ᴛ, þ
Samsettar（複合音のための文字）: x, z
その他: ⁊, ˜

著者について

著者の正体については様々な説がありますが、有力な候補の一人としてHallr Teitsson（1085年頃 - 1130年）が挙げられています。また、Þóroddr Gamlasonを候補とする説もあります。

刊本

First Grammatical Treatise: The Earliest Germanic Phonology. An Edition, Translation, and Commentary by Einar Haugen (1st. edition 1950, 2nd. edition 1972).
The First Grammatical Treatise: Introduction, Text, Notes, Translation, Vocabulary, Facsimiles, ed. by Hreinn Benediktsson, University of Iceland Publications in Linguistics Vol. 1, 1972.

参考文献

Einar Haugen, (1950), The First Grammatical Treatise: The earliest Germanic Phonology
Robins, R.H. (1990) A Short History of Linguistics 3 ed. ISBN 0-582-29145-3
Árni Böðvarsson (1974), Handritalestur & gotneskt letur.
清水誠「北欧アイスランド文学の歴史(1) : 「リームル」からロマン派まで」『北海道大学文学研究科紀要』第128号、北海道大学、2009年、139-194頁

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