聖

聖（ひじり）とは

聖とは、日本において諸国を回遊した仏教僧を指します。その語源は仏教伝来以前の民間信仰の司祭者とされ、民俗学上では「ヒジリ」とも表記されます。

沿革

「聖」という言葉は、元々「日知り」を意味し、神秘的な霊力を持つ者、つまり「日の性質を知り占い教える」司祭者・呪術者を指しました。古代日本では、祭政一致の時代に聖帝や天皇などの言葉に用いられました。

仏教伝来後は、学徳の高い僧を聖と呼ぶようになりました。奈良時代以降、山に籠り修行しながら、世俗に降りて勧進を行う私度僧は、沙弥、菩薩、優婆塞、禅師などと呼ばれていました。彼らは、修験者のような装束を身につけ、鹿の角が付いた杖を持ち、粗末な衣をまとい、燧入れを携帯して山を回り、里で勧進を行いました。

平安時代中期に末法思想が広まると、浄土教信仰を庶民に広める僧たちを指して「ひじり」という言葉が使われるようになりました。念仏を唱える彼らは念仏聖と呼ばれ、寺院に定住せず、深山の草庵に住んだり、各地を遍歴しながら修行する半僧半俗の存在でした。平安中期の有名な聖としては、市聖（いちのひじり）と呼ばれた空也が挙げられます。

聖は、寺院において、学僧とは異なる立場で寺院経済を支える役割も担っていました。彼らは寺院から離れた別所と呼ばれる場所に集住し、そこを活動拠点としていました。高野山にある高野別所は有名で、ここに住む念仏聖は高野聖と呼ばれました。

平安後期の源空（法然）も延暦寺黒谷別所の念仏聖であり、その弟子の親鸞と合わせて聖人（しょうにん）と呼ばれました。鎌倉時代中期の一遍は、諸国を遊行しながら念仏を広め、「捨聖（すてひじり）」と呼ばれました。

呼称

「ひじり」という言葉の語源には諸説あり、「霊(ひ)知り」、「非知り」、「ひ(美称)＋知り」、「ひとり知り」、「はぢしり」などが挙げられますが、「日を知る者」とするのが通説です。五来重は、「火をしらしめすもの＝火治り」という説も提唱しています。

白川静は、漢字表記と本来道教で言う眞人などを指す語である「ヒジリ」の乖離を指摘し、上代特殊仮名遣表記が日や霊(ヒ)と同じ甲音である点から、この字と語は「神意を窺うもの」という共通の意味を持つと述べています。南方熊楠は、柳田國男の言う「漢語で言う「日者」」は、「史記にある語」であると指摘しています。

「ひじり」という訓を持つ漢字には、叡、僧、僊、賢、貞、傑、仙、伽、眞などがあり、『日本書紀』には「大人」、「仙衆」に当てられています。

柳田國男は、「聖」の字が「あまりに結構な字」であるため、勢力のある名僧たちに横取りされ、本家のヒジリは安物を使わざるを得なかったと主張しています。また、廻国のひじりが時宗では「被慈利」、高野山では「非事吏」と書かれることを指摘しています。

南方熊楠は、柳田の説を踏まえ、『古事記』にある、日の善悪を占う聖神と、「白日神」が共に大年神の子である点について、白日神を「向日神の誤記」とする本居宣長説を踏まえ、その神は「日の景で地相家相を見る神」であると指摘しています。

廻国聖(六部の別名)、遊行聖、馬聖(いわゆる虚無僧)、十穀聖など様々な呼称があり、葬式から墓所の管理まで行う「三昧聖」も存在しました。また、遊行上人の配下の念仏者は、俗に「磐打」と呼ばれ、表向きの呼称が被慈利の他「沙弥」もありました。関東では時宗のひじりは「かねうち」、関西の空也の一派は「かねたたき」と呼ばれました。

分類

ひじりは、大きく分けて「山の聖」と言われる修験系と、「里の聖」という念仏系の2種類に分類されます。巫祝陰陽系を含めると3種類になる可能性もあります。

性格

五来重は、ひじりの特徴として、「世俗性」、「呪術性」、「隠遁性」、「苦行性」、「游行性」、「唱導性」、「勧進性」、「集合性」を挙げています。彼らは教団の外で、修行、民衆の教化、祈祷、葬式の指導、勧進などを行いました。宗教の権威とは一定の距離を置き、世俗に入っていました。特定のルートを持たず回国し、念仏を唱える唱導や、橋を架け道を整備し寺などを建設する勧進を各地で行いました。その結果、各地へ伝播したエンターテインメントとしての仏教は、後の芸能を生み出す豊かな土壌となりました。

肉食妻帯する者もいましたが、「ひじりらしく振舞う」という意味の「ひじる」という言葉は、主に独身を指す言葉として使われました。『沙石集』や『源氏物語』には、「そくひじり」が「優婆塞」であると記述されています。

彼らが使う鉦は、元々日本では霊魂を入れる呪具としてのヒサゴ　フクベを叩く儀礼が行われており、ひじりは当初それを使っていましたが、後に仏教化し仏具である鉦へと変化したとされています。

関連項目

浄土教
遊行
聖者（聖人）
偉人

出典

柳田國男『柳田國男全集第1巻』筑摩書房、1999年7月。ISBN 978-4480750617。
柳田國男『柳田國男全集第24巻』筑摩書房、1999年12月。ISBN 978-4480750846。
柳田國男『柳田國男全集第25巻』筑摩書房、2000年3月。ISBN 978-4480750853。
南方熊楠『南方熊楠全集第6巻』平凡社、1971年2月。ISBN 978-4256194294。
谷川健一『賤民の異神と芸能』河出書房新社、2009年6月。ISBN 978-4309225128。
五来重『五来重著作集第2巻』法蔵館、2007年12月。ISBN 978-4831834089。
白川静『字訓』平凡社、2007年11月。ISBN 978-4582128147。
山折哲雄、池上良正、徳丸亞木、宮本袈裟雄、島薗進著 『日本民俗宗教辞典』 東京堂出版、1998年4月。 ISBN 978-4490104813　小嶋博己筆。475頁

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