般若院英泉

般若院英泉（はんにゃいん えいせん）

般若院英泉（1714年 - 1782年）は、江戸時代に久保田藩（現在の秋田県）で活躍した宗教家であり、教育者です。彼の生涯と業績について詳しく見ていきましょう。

生涯

英泉は、久保田藩綴子村（現・秋田県北秋田市綴子）の峰積院という古い社家の次男として生まれました。兄が寺を継ぎ、綴子神社となります。13歳で修験道に入門し、14歳で生涯にわたり飲酒・肉食・情交を断つことを決意しました。20歳前半には修験道、儒教に加え、曹洞宗の修行にも積極的に参加しました。

1740年、修験道の総本山である大峯山寺に峰入りを果たします。下山後、京都で松岡如庵に師事し、論語、易、神代巻口訣、大祓詞などを学びました。帰国後、生家の近くに庵を結び、金剛庵と名付けて独居生活を始めます。1746年には山形の当山派修験寺院を歴参し、翌年山形から会津を経て江戸に上り帰郷しました。1747年以降は、北秋田各地で法会を開催し、修業の成果を伝授しました。真言宗安祥寺流儀礼による不動法の修業や、七座山天神宮における役小角1050年忌の開催なども行っています。

1751年には3度目の出国をし、九州豊前の霊場彦山に登りました。彦山下山後は京都、伊勢、江戸を巡り帰国します。

1764年には、七座神社で近隣の宗教家を集め、7日間にわたる祈祷法令を行い、『七座山天神縁起』を記しました。この中で、七座山を天神七代が鎮座する聖地と解釈し、日本書紀に記述される阿倍比羅夫が至った地の「肉入籠」を綴子であるとし、阿倍比羅夫が七座神社を創設したとしました。これにより、英泉は七座神社を伊勢神宮に匹敵する聖地であると位置づけました。また、この祈祷法令を年中行事とした他、北秋田各地の宗教家を集め、修験道、儒学、神道学の講義を行いました。さらに、農民のために雨乞い祈祷を行い、害虫の駆除法を伝授しました。

60歳以降は著作活動に専念し、『発願紀年録』などの自伝の他、『修験道十八箇警策略鈔』『神迷学的』『肉食禁忌弁』『仏母孔雀明王経校訂本』などの宗教書や、多数の神社縁起、随筆集などを著しました。1782年に70歳で亡くなりました。中央での宗教活動を勧める人もいましたが、英泉は地方での活動に意義を感じ、地方での宗教活動を最後まで行いました。

師である松岡如庵は橘神道の門弟であり、神道だけでなく国学や医学、本草学でも名を成した人物で、英泉の学風に影響を与えました。内館文庫に広範囲な蔵書や著述、写本が残されているのは、この影響によるものと考えられます。『仏母孔雀明王経校訂本』は、英泉の死後、1793年に京都で刊行されました。

菅江真澄は1807年にこの地方を訪れ、般若院英泉のことを日記『おがらの滝』に記録しています。

内館塾

綴子には、英泉の先祖である11代常覚院実明が庶民教育のために慶安年間（1648年 - 1652年）に創設した私塾、内館塾がありました。内館塾は秋田で最も古い塾と言われています。英泉の兄である神宮寺烈光は内館塾を拡充し、久保田藩の公許を得ました。英泉は宮野尹賢と共に、この塾で秋田県北部各地から来た塾生の指導にあたりました。この私塾には神道、修験道、儒学、仏教、国文、国学、天文、暦学、医学など広範囲にわたる蔵書が残されており、英泉の文書も多数残されています。その後、この私塾は明治時代に綴子小学校が作られるまで続きました。現在この地には内館文庫が残されています。

内藤湖南は1884年に綴子小学校に赴任した際、内館塾にあった古文書を研究しています。

民話

般若院英泉が生後三ヶ月の旧正月の深夜、家族たちが眠っていると、奥座敷の雨戸が引き上げられ、毛むくじゃらの大男が現れ、子供を渡せと脅しました。母は慌てず、いろりの中にある真っ赤に焼けた五徳を怪物の手に押し付けました。怪物は悲鳴をあげて逃げ去り、血痕をたどると、年老いた狸が発見されました。怪物に投げつけた五徳は、現在も武内家に残っていると言われています。

参考文献

街道の日本史 9『北秋田と出羽街道』、佐々木潤之介、 佐藤守、 板橋範芳（編）、吉川弘文館、2000年
「内館文庫所蔵資料の研究」、石川力山、佐藤俊晃、『駒沢大学仏教学部研究紀要』53～55、1995年～1997年
「内館文庫所蔵資料の研究」、長谷部八郎、佐藤俊晃、『駒沢大学仏教学部研究紀要』56・58、2000年
「般若院英泉の思想と行動―秋田『内館文庫』資料にみる近世修験の世界」、長谷部八朗、佐藤俊晃、2014年5月

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