若沢寺

若沢寺（にゃくたくじ）

若沢寺は、長野県松本市波田に存在した真言宗の寺院で、慈眼山を山号としていました。天平勝宝年間に僧侶・行基によって開かれたと伝えられ、江戸時代後期には「信濃日光」と呼ばれるほどの壮大な規模を誇りましたが、明治時代の廃仏毀釈により廃寺となりました。

概要

若沢寺は、水沢山の山腹に位置していました。寺伝によれば、創建は行基によるもので、後に坂上田村麻呂が東征の際に再興したとされています。2011年3月22日には、その跡地が松本市特別史跡に指定されました。標高約940mの場所には、江戸時代から数段にわたって伽藍が形成され、庫裏、中堂救世殿、金堂、田村堂などが建てられました。廃寺後も、これらの建物の礎石が残っています。最盛期には周囲13kmに及ぶ広大な境内を有していましたが、現在は約1万1000平方メートルに縮小し、その周囲は国有林となっています。

若沢寺の建物の一部である「田村堂」と呼ばれる厨子は、地元の集落に移されて現存しています。また、寺に安置されていた仏像の多くは、近隣の盛泉寺などに移され、保存されています。

歴史

開山から中世

若沢寺は、奈良時代の天平勝宝年間（749年 - 758年）に行基によって開山されたと伝えられています。当初は水沢山の山頂近くに建てられ、その場所は後に「元寺場」と呼ばれるようになりました。平安時代の顕密系寺院は山中に建立されることが一般的で、後に山腹や山麓に再建されることが多かったのですが、若沢寺もその一つでした。「元寺場跡」は、2012年3月26日に松本市重要文化財に指定されています。平安時代の大同年間（806年 - 809年）には、坂上田村麻呂が東征の際に、配下の仏師に命じて寺の修復・造営を行ったと伝えられています。若沢寺は、長野県内でも最も古い寺院の一つと考えられています。

中世には、武田勝頼などの武将から寄進や保護を受けました。江戸時代には、徳川家光をはじめとする歴代将軍から寺領10石を安堵され、合計8通の朱印状を受けています。江戸時代には「上波田村水沢にあり。真言宗京都智積院に属す。寺領十石、境内囲三里半程、末寺四ケ寺」と記録されています。

江戸時代から廃寺

1804年（文化初年）の改築後、若沢寺は奥院・中院・里院に壮大な七堂伽藍を構え、「信濃日光」と称されるほどの繁栄を迎えました。多くの文人墨客が訪れ、信濃三十三所観音の25番札所としても知られていました。

しかし、明治時代初頭、松本藩主の戸田光則が、戊辰戦争での遅参を理由に謹慎処分を受けたことから、新政府の信頼回復のために廃仏毀釈を積極的に推進しました。また、戸田光則自身が朱子学に傾倒していたことや、その配下にも朱子学や水戸学を奉じる人物がいたことから、廃仏毀釈はより激しく行われました。その結果、松本藩内では、多くの寺院が廃寺となりました。若沢寺もその一つで、寺にあった仏像の多くは、波田町中波田の盛泉寺に移されました。

1871年（明治4年）7月に廃藩置県の令が出され、松本藩が廃止されると、廃仏毀釈の動きは収束に向かいました。一部の寺院では再興の動きも見られましたが、若沢寺は檀徒が少なかったため再興されることはありませんでした。先住職は出身寺に戻り、住職は還俗して農業に従事し、1875年に亡くなりました。

田村堂

田村堂は、若沢寺の本尊を安置するための厨子として使われていました。しかし、江戸時代には坂上田村麻呂を祀るようになり、田村堂と呼ばれるようになりました。若沢寺の絵図にも、境内の最上段に描かれています。廃仏毀釈の際に、波田上波田集落に移され、現在は覆屋で保護されています。1953年8月には、国の重要文化財に指定されています。

文化財

若沢寺には、数多くの文化財が残されています。

木造金剛力士像

若沢寺の末寺だった西光寺に造立されたもので、1322年に仏師によって作られたことが胎内墨書銘に記されています。元禄年間（1700年頃）に現在地に移され、仁王門に安置されました。地元では「仁王様」と呼ばれ、県宝に指定されています。

銅造菩薩半跏思惟像

奈良時代末期に作られたとされる半跏思惟像で、盛泉寺に所蔵されています。小ぶりな目鼻立ちと柔和な表情が特徴で、県宝に指定されています。

銅造伝薬師如来坐像御正体残闕（懸仏）

鎌倉時代後期に作られたとされる懸仏で、盛泉寺に所蔵されています。穏やかな面相と流れるような衣文が特徴で、県宝に指定されています。

銅造薬師如来坐像御正体残闕

鎌倉時代後期に作られたとされる懸仏で、松本市重要文化財に指定されています。薬師如来としては珍しい「波状髪」が特徴です。

銅造菩薩立像

室町時代初期に作られたとされる菩薩立像で、盛泉寺に所蔵されています。八角宝冠を戴き、両手を胸の前で梵篋印を結ぶ姿が特徴で、松本市重要文化財に指定されています。

木造不動明王立像

鎌倉時代末期に作られたとされる不動明王立像で、盛泉寺に所蔵されています。右手に剣、左手に羂索を持ち、忿怒相で岩座に立つ姿が特徴で、松本市重要文化財に指定されています。

真言宗祖師像（木造弘法大師坐像・木造興教大師坐像）

室町時代末期に作られたとされる弘法大師と興教大師の坐像で、盛泉寺に所蔵されています。寄木造で矧ぎ目が目立ち、傷みが激しいです。松本市重要文化財に指定されています。

絹本不動明王掛軸

室町時代初期に作られたとされる不動明王の掛軸で、波田町指定有形文化財に指定されています。不動明王が三尊形式で描かれています。

古瀬戸四耳壷と古瀬戸瓶子

鎌倉時代に作られたとされる古瀬戸の壷と瓶子で、元寺場遺跡から発見されました。骨壷として使われていた痕跡がありますが、元々は酒器として使われていたと考えられています。松本市重要文化財に指定されています。

参道供養碑

若沢寺の参道脇には、室町時代中期（1458年）と安土桃山時代（1575年）の二つの供養碑が残されています。これらの碑には、阿弥陀三尊や大日如来の梵字が刻まれており、松本市重要文化財に指定されています。

閻魔王の碑

安土桃山時代（1574年）に作られたとされる閻魔王の碑で、自然石に線彫りで閻魔王の絵が描かれています。若沢寺の参道にある十王堂にあり、松本市重要文化財に指定されています。

金亀多宝塔

江戸時代に作られたとされる多宝塔で、若沢寺の本尊を納めていました。金亀の上に多宝塔が乗せられた独特の構造が特徴で、松本市重要文化財に指定されています。

参道丁石

江戸時代前期（1635年）に作られたとされる丁石で、若沢寺の参道脇に立てられ、寺までの距離を示していました。松本市重要文化財に指定されています。

若澤寺一山之畧絵図（版木）

若沢寺の様子を描いた版木で、当時の伽藍の様子を比較的正確に描いています。松本市教育委員会が保管しており、この版木を刷ったものが、このページの上部に掲載されている図版です。

弘法大師像（版木）

真言宗の開祖である弘法大師を描いた版木で、若沢寺で参拝者に頒布していたものと考えられます。松本市教育委員会が保管しています。

恭倹寺 鐘楼

若沢寺の鐘楼であったものが、廃仏毀釈の際に解体され、恭倹寺に移築されたものです。松本市重要文化財に指定されています。

『信濃奇勝録』

1834年に完成した地誌で、若沢寺に関する記述と鳥瞰図が掲載されています。この文献には、若沢寺がかつて山上にあり、老杉が生い茂っていた様子が記されています。

若澤寺史跡保存会

若沢寺の史跡保存を目的に、2010年3月に「若澤寺史跡保存会」が発足しました。会員は約130名で、地元住民を中心に活動を行っています。史跡の清掃や倒木の処理など、年数回の活動を行っています。

歴史館・博物館での展示

若沢寺に関する展示は、長野県立歴史館や松本市立博物館で行われました。

長野県立歴史館では、2010年に企画展「東の牛伏寺 西の若澤寺 -古代に創建された松本平の二つの寺院-」を開催し、若沢寺の仏像や仏具、発掘品などを展示しました。

松本市立博物館では、2010年に長野県立歴史館との連携企画展として、「松本平の古代寺院 -牛伏寺・若澤寺を中心として-」を開催し、多数の文化財を展示しました。

アクセス

アルピコ交通上高地線渕東駅から南に向かい、急坂を上がったところに広場・波多神社入口があります。そこから仁王門や田村堂へアクセスでき、さらに山道を登ると若沢寺跡地に到着します。

文献

若沢寺に関する文献は、波田町教育委員会や松本市波田公民館が発行しているものや、市販の書籍があります。また、『波田町誌 歴史編』や『信濃奇勝録』などにも若沢寺に関する記述があります。

脚注

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外部リンク

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関連項目

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