英国海外航空

英国海外航空（BOAC）：大英帝国の翼とジェット時代の先駆者

英国海外航空（BOAC、British Overseas Airways Corporation）は、1939年から1974年まで活躍したイギリスの国営航空会社です。第二次世界大戦直前の1939年11月、戦時体制下のイギリス政府政策により、インペリアル・エアウェイズとブリティッシュ・エアウェイズ（現在のブリティッシュ・エアウェイズとは別会社）が合併して誕生しました。

設立と戦時下の苦難

BOACの設立目的は、イギリス領インド帝国、香港、シンガポールなどの極東植民地、オーストラリアなどのイギリス連邦諸国、そして北アメリカを結ぶ航空路線の運営でした。設立当初は、ダグラスDC-3などの陸上機に加え、サザンプトンを拠点とするショート・サンダーランドなどの飛行艇も多数運航していました。

しかし、第二次世界大戦の勃発はBOACの運命を大きく変えました。多くの機材がイギリス空軍に徴用され、残された機材でリスボンやジブラルタルへの路線を維持したり、イギリス連邦諸国との路線を細々と運航するなど、困難な状況を強いられました。さらには、中立国スウェーデンとの郵便輸送など、特殊な任務にも従事しています。

1941年12月の対日宣戦布告後は、アジアにおけるイギリスの植民地の多くが日本軍に占領され、インド洋の制海権も喪失。インドとオーストラリア間の路線は休止を余儀なくされ、多くの機材が敵軍の攻撃によって失われました。

戦後復興と世界路線網の拡大

終戦後、BOACはヨーロッパと国内路線を英国欧州航空（BEA）に、南アメリカとカリブ海路線をブリティッシュ・サウスアメリカン航空（BSAA）に分割しましたが、アジア、中東、アフリカ、北アメリカ、オセアニア路線は引き続きBOACが担当しました。

戦後、BOACは複数の植民地のフラッグキャリア設立にも関与し、1948年には日本（岩国飛行場）への乗り入れを開始。終戦後にイギリスの支配下に復帰した香港への路線網拡大とともに、日本の岩国基地への乗り入れを開始しています。

1949年にはBSAAを再吸収合併し、航空路線網を全世界へと拡大。飛行艇中心の体制から、ダグラスDC-4、DC-6、ボーイング377などのアメリカ製陸上機への移行を加速させました。

ジェット時代への先駆けと経営の苦悩

1952年5月、BOACは世界で初めてジェット旅客機であるデ・ハビランド コメットIをロンドン―ヨハネスブルグ間に就航させました。その後東京路線にも就航しましたが、設計上の欠陥により墜落事故が発生。運航は一時停止を余儀なくされました。しかし、改良されたコメットMk.4で1958年に世界に先駆けて太平洋横断路線にジェット機を就航させました。

BOACはブリストル ブリタニア、ヴィッカースVC-10などのイギリス製機材を導入する一方で、ボーイング707も導入し、世界的な航空会社として地位を確立しました。しかし、多くの植民地の独立に伴い、イギリス連邦諸国との採算性の低い路線維持、イギリス製機材の優先導入などの国策に苦しめられました。

再生への努力とボーイング747導入

1960年代には、経営上の制約や競争激化により赤字が拡大しましたが、ジル・ガーティー会長の下で「フライ・ブリティッシュ政策」を放棄、アメリカ製機材導入など抜本的な改革を行い、経営を立て直しました。

1971年にはボーイング747を導入し、世界一周路線を運航開始。パンアメリカン航空、日本航空などと共に世界の航空界を牽引しました。また、キュナードとの合弁会社「BOACキュナード」を設立するなど、事業多角化にも着手しました。

消滅とその後

1971年、英国議会はBEAとの合併を決定し、1974年3月31日に正式に合併。BOACの社名は消滅し、「ブリティッシュ・エアウェイズ」が誕生しました。BOAC機はしばらくの間、ブリティッシュ・エアウェイズのロゴを付けたまま運航され、「スピードバード」というコールサインも受け継がれました。2019年にはブリティッシュ・エアウェイズが創業100周年を記念し、ボーイング747をBOAC時代の塗装で復元した機体を運航しましたが、2023年には解体されました。

BOACは、大英帝国の栄華と衰退、そしてジェット時代の幕開けを象徴する存在でした。その歴史は、イギリス航空史のみならず、世界航空史においても重要な位置を占めています。

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