蔡焜燦

蔡焜燦（さい こんさん、ツァイ・クンツァン、1927年1月9日 - 2017年7月17日）は、台湾出身の実業家であり、半導体デザイン会社である偉詮電子股份有限公司の創業者兼会長を務めました。彼は、日本統治下の台湾で教育を受け、日本文化に深い理解と愛情を持つ「愛日家」として知られています。作家、司馬遼太郎の紀行文集『街道をゆく－台湾紀行』では、案内役として「老台北（ラオタイペイ）」の愛称で登場しました。

生い立ちと教育

蔡焜燦は、日本統治時代の台湾中部、台中州大甲郡清水街で生まれました。1895年（明治28年）、日清戦争の結果、台湾は清国から日本へ割譲されました。この際、日本政府は台湾住民に2年間の国籍選択の猶予を与え、清国籍を選ぶ者は自由に大陸へ引き揚げることを認めました。当時16歳だった蔡焜燦の父は、当初清国籍を選択し中国福建省へ渡りましたが、現地の腐敗した社会を目の当たりにし、叔父の勧めを受け、「日本人」として台湾に戻ることを決意しました。

蔡焜燦は、清水公学校に入学しました。この学校では、1935年（昭和10年）当時、日本の小学校でも珍しかった校内有線放送による視聴覚学習が行われていました。童謡、詩吟、ラジオドラマ、神話、歴史などがレコードで流れ、高等科では16ミリフィルムによる映画上映設備も導入され、先進的な教育が行われていました。1935年、台湾中部を大地震が襲った際、昭和天皇から遣わされた入江相政侍従長が被災地を訪問し、見舞金を下賜しました。蔡の実家もこの見舞金を受け、少年時代の蔡に皇室と日本への親近感が芽生えたと言われています。

1937年（昭和12年）、日中戦争（支那事変）が勃発すると、公学校5年生だった蔡は、日本への愛国心と犠牲精神を強く抱くようになりました。公学校卒業後、台中州立彰化商業学校に進学。当時の日本が南方進出を企図していた背景から、英語、北京語、マレー語が必須科目となっていました。1943年（昭和18年）には、戦局の悪化により体育教師が召集されたため、体育が得意だった蔡が、毎朝の体操の指揮を1年半の間担当しました。

軍隊生活と戦後の混乱

1941年（昭和16年）、太平洋戦争が開戦し、翌1942年（昭和17年）には台湾人にも志願兵制度が適用されました。志願者が殺到する中、蔡も少年兵に応募し、彰化商業学校卒業後の1945年（昭和20年）1月、奈良市高畑の岐阜陸軍航空整備学校奈良教育隊に入隊しました。入隊のため、基隆港から輸送船「吉備津丸」で日本本土へ向かいました。当時京都帝国大学の学生で、学徒出陣により徴兵された李登輝元総統も、同じ日に同じ船で内地に向かっていたことを後に知ることになります。しかし、岐阜陸軍航空整備学校奈良教育隊では、航空機の整備といった専門分野ではなく、一般教科に多くの時間が割かれました。

同年8月15日、日本は敗戦を迎えました。同年12月に連合国軍の命令で台湾への帰還が命ぜられ、翌1946年（昭和21年）1月1日、駆逐艦夏月で台北に到着しました。台湾を接収に来た中華民国の兵士の服装、態度が粗野で不潔であり、規律正しい日本軍とは似ても似つかぬ姿に愕然としたと言います。

その後、台湾では中華民国兵士や警察による略奪や暴行、外省人の役人による不正が頻発しました。国民党の官吏は大量の物資を接収し、上海の国際市場で競売にかけたため、台湾全土を強度のインフレが襲い、後に二・二八事件へと発展することになります。

教師から実業家へ

台湾に戻った蔡は、体育教師として教鞭を執りました。しかし、当時の台湾の教育現場は、収賄や不正が蔓延していました。ある日、卒業生に対して「心に太陽を持て」とメッセージを送ったところ、外省人の教師に「心に日章旗を持て」と子供たちに教えていると密告されてしまいました。この一件で、教師を辞することを決意しました。

教職を離れた後、様々な事業を起こしましたが、人間関係などに悩み経営から手を引きました。その後、船舶会社代理店ジャパンラインの営業部長としてサラリーマン生活を始めました。1968年（昭和43年）10月には、会社の業務出張で戦後初めて日本の土を踏み、祖国に殉じた英霊への鎮魂のため靖国神社を参拝しました。以来、訪日時には必ず靖国神社へ参拝しています。

その後再び脱サラし、実業家としてウナギの養殖や、セイコー電子台湾法人会長など、様々な事業に携わりました。台湾・李登輝民主協会の名誉理事長も務めました。

2014年（平成26年）4月には、日本の短歌を通じて日台交流に貢献したとして、日本国から旭日双光章が贈られました。2017年（平成29年）7月17日、台北市内の自宅で90歳で死去しました。

親族と著書

実業家で人権活動家の蔡焜霖は弟です。

著書には、『台湾人と日本精神 (リップンチェンシン) －日本人よ胸を張りなさい－』(2000年、日本教文社)や、『これが殖民地の学校だろうか－母校「清水公学校」』(2006年、榕樹文化)などがあります。

蔡焜燦は、激動の時代を生き抜き、台湾と日本の架け橋として活躍した人物として記憶されています。

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