蔡邕

蔡邕（さい よう）

蔡邕（132年または133年 - 192年）は、後漢末期の動乱期を生きた政治家、儒学者、そして卓越した書家です。字を伯喈といい、兗州陳留郡圉県（現在の河南省杞県付近）の出身です。蔡邕は、後漢の重臣である蔡叔度の子孫であり、父は蔡棱、娘は蔡琰（文姫）という家系に生まれました。また、従弟に蔡谷、叔父に蔡質がおり、外孫には西晋の景献皇后である羊徽瑜と、名将羊祜がいます。

生涯

若き日の学問と孝心

蔡邕は幼い頃から学問に励み、太傅の胡広に師事しました。辞章、算術、天文といった幅広い分野を好み、特に音律に精通していたと伝えられます。また、彼は非常に孝心篤い人物であり、母が病に倒れてからは3年間、寒さや暑さに関わらず自ら看病しました。母が亡くなると、墓のそばに庵を建てて喪に服し、その行動は礼にかなっていたため、周囲の人々を感嘆させました。彼の庵には、ウサギが群れをなして住み着き、木々が生い茂ったと伝えられ、人々は彼の徳を称えました。

官僚としての活躍と挫折

蔡邕は、桓帝の時代に琴の名手としての名声が広まり、中常侍によって召し抱えられようとしました。しかし、彼は病気を理由にこれを拒否し、古文の研究に没頭しました。その後、橋玄の招聘により司徒府に仕え、河平県長を経て、郎中、議郎へと昇進しました。この頃、経典の文字の誤りが問題となっていたため、蔡邕は五官中郎将の堂谿典、楊賜、馬日磾らとともに、六経の文字を校訂することを霊帝に上奏しました。この結果、蔡邕の書によって、洛陽太学門外に熹平石経と呼ばれる巨大な石碑が建立されました。これは、20万字に及ぶ文字を刻んだ46枚の石碑であり、現在も一部が残っています。

霊帝が書画辞賦に長けた者を重用しようとした際、蔡邕は政治を重視すべきだと訴えましたが、受け入れられませんでした。その後、宦官の専横を厳しく諌めたために、程璜によって陥れられ、叔父の蔡質とともに投獄されました。呂強の尽力により死罪は免れましたが、朔方郡への流刑となりました。大赦で帰郷後も、宦官の親族と揉め事を起こし、揚州へ亡命することになりました。

董卓との関係と最期

霊帝の死後、董卓が実権を握ると、蔡邕はその名声から招聘を受けました。董卓の強引なやり方に逆らえず、蔡邕は祭酒、侍御史、尚書、侍中、左中郎将と異例のスピードで昇進しました。董卓は蔡邕の才能を高く評価しましたが、独善的な性格から彼の意見を聞き入れることは少なかったようです。董卓の横暴な振る舞いに蔡邕は危機感を抱き、兗州への逃亡を計画しますが、従弟に諌められて断念します。

董卓が王允によって誅殺された際、蔡邕は董卓の死を嘆き悲しんだため、王允の怒りを買い、投獄されました。蔡邕は死刑を免れるために、漢史の編纂を続けることを願い出ましたが、王允はこれを許さず、蔡邕は獄中で亡くなりました。蔡邕の死は多くの人々から惜しまれ、特に知識人たちは彼の死を深く嘆き悲しんだと伝えられています。

業績と影響

蔡邕は、文学、歴史、音楽、書道といった幅広い分野で優れた才能を発揮しました。著書には、『独断』、『勧学』、『釈誨』、『叙楽』、『女訓』、『篆芸』などがあり、詩、賦、碑文、誄、銘、贊、連珠、箴、弔文、論議など、多様な形式の作品を残しています。後漢書によれば、彼の作品は約104篇に及ぶとされています。また、漢史の編纂にも携わりましたが、その多くは李傕の乱によって失われました。

蔡邕は後漢末期の文化人として、多くの弟子を育成し、阮瑀、王粲、路粋などの文人を輩出しました。彼の学問と文化への貢献は後世に大きな影響を与え、その名は歴史に刻まれています。

蔡邕は、その多才さ、学問への情熱、不遇な最期を通して、後漢末期の激動の時代を象徴する人物の一人と言えるでしょう。彼の生涯は、才能と知識が必ずしも幸福をもたらすとは限らないという教訓を私たちに伝えているかのようです。

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