藤多哲朗

藤多 哲朗

日本の薬学者・天然物化学者。多発性硬化症の画期的な経口治療薬として知られるフィンゴリモド（FTY720）の創薬研究において、その基礎となる重要な発見を成し遂げた研究者です。京都大学名誉教授の称号を持ち、後進の育成にも尽力しました。1931年1月4日に京都府で生まれ、2017年1月1日に85歳で逝去しました。

経歴

藤多哲朗は、京都大学医学部薬学科を1953年に卒業後、1958年には同大学大学院薬学研究科博士課程（新制大学院1期生）を修了しました。大学院では生薬学教室にて、刈米達夫教授に師事し、研究者としての道を歩み始めます。

卒業後は、1959年に京都府立医科大学の助手（生化学教室）を務め、能勢善嗣教授のもとで研鑽を積みました。1963年からは京都大学化学研究所の助手として、生理活性部門の藤田榮一教授のもとで研究を進めました。1965年に京都大学より薬学博士の学位を取得し、1967年には京都大学化学研究所の助教授に昇任しています。1969年からの2年間は、米国バージニア大学化学科に留学し、S. Morris Kupchan研究室で学術交流を行いました。

帰国後、1973年に徳島大学薬学部教授（生物薬品化学講座）に着任。1985年には母校である京都大学に戻り、薬学部薬用植物化学講座の教授を務めました。1994年に京都大学を定年退職した後も、財団法人（現：一般財団法人）生産開発科学研究所の学術顧問に就任。1995年からは摂南大学薬学部教授として薬品製造学研究室を主宰し、2001年に退職するまで教育・研究活動を続けました。退職後も生産開発科学研究所に創薬設計研究室を開設し、2011年まで研究を継続しました。

公職としては、京都大学評議員や第16代日本生薬学会会長、一般財団法人生産開発科学研究所評議員などを歴任し、薬学界の発展に貢献しました。

研究と業績

藤多哲朗の研究は、学生時代から一貫して天然物化学に軸足を置いていました。大学院から京都大学助教授時代にかけては、日本の民間薬である延命草（ヒキオコシ）に含まれる薬用成分やその生合成経路の研究に深く取り組みました。特に、延命草の主要な薬用成分であるエンメインの化学構造を決定したことは、初期の重要な業績の一つです。

徳島大学在籍時には、植物成分の広範な研究を展開し、数多くの新規テルペン類を単離・構造決定し報告しています。この頃、徳島県内の栽培農家で問題となっていた植物の病気や、農作業に伴う職業病の原因となる成分にも関心を寄せ、菌類が産生する免疫抑制物質の研究へと興味が移っていきました。

1985年7月、京都大学薬学部薬用植物化学講座の教授に就任したことを契機に、冬虫夏草類の探索から免疫抑制成分を見出すための研究を開始しました。この研究は、台糖株式会社（現在の三井製糖）および吉富製薬株式会社（現在の田辺三菱製薬）との産学共同プロジェクトとして推進されました。研究チームは、ツクツクボウシダケ（学名：Isaria sinclairii）の培養液から、強い免疫抑制活性を持つ成分ISP-I、後にミリオシン（Myriocin）と呼ばれる物質の発見に成功しました。

このISP-Iの発見が、その後の多発性硬化症治療薬フィンゴリモド（開発コード名：FTY720）の開発へと繋がります。ISP-Iを基盤とした構造化学的な展開研究が行われ、吉富製薬の後継企業である三菱ウェルファーマ（現：田辺三菱製薬）が中心となって非臨床試験が実施されました。その結果、医薬候補物質としてフィンゴリモドが選定されました。なお、「FTY720」という開発コード名は、京都大学の藤多研究室（F）、台糖（T）、吉富製薬（Y）という共同研究を行った三者のイニシャルに由来しています。

フィンゴリモドはその後、ノバルティス社なども加わった国際的な臨床試験を経て、多発性硬化症に対する世界で初めての経口治療薬として承認・発売されました。日本では、2011年に田辺三菱製薬から「イムセラ」の商品名で発売され、厚生労働省から特定疾患に指定されている難病である多発性硬化症の治療に貢献しています。

受賞

その長年の研究成果と、特にフィンゴリモド開発への貢献に対し、以下の賞が授与されています。

2012年：第37回井上春成賞（土屋裕弘と共同）
2013年：日本薬学会創薬科学賞（千葉健治、佐々木重夫、三品正、安達邦知と共同）
2013年：第11回産学官連携功労者表彰 科学技術政策担当大臣賞（千葉健治、佐々木重夫と共同）
2017年：第63回大河内記念技術賞（千葉健治、安達邦知、佐々木重夫、三品正と共同）
2019年：第48回日本産業技術大賞内閣総理大臣賞（田辺三菱製薬、三井製糖と共同）

功績を記念して

藤多哲朗の薬学研究と教育への多大な貢献を称え、その名を冠した施設や制度が設立されています。

2016年：摂南大学薬学部に藤多哲朗記念臨床研究センターが開設されました。
2016年：徳島大学が「仁生イノベーショングラント」を創設しました（2019年まで実施）。
2017年：京都大学大学院薬学研究科に藤多記念ホールが設置されました。

著作

「生薬からの医薬品開発ものがたり―冬虫夏草からフィンゴリモドへ」京都大学大学院薬学研究科編『くすりをつくる研究者の仕事』化学同人、2017年、229-254頁。
「人とのつながりが結実して誕生した新薬－冬虫夏草を起源とする多発性硬化症治療薬フィンゴリモド」日本薬学会編『薬学研究』東京化学同人、2017年、36-44頁。

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