蘇武

蘇武（そ ぶ）

蘇武（紀元前140年頃? - 紀元前60年）は、前漢時代の人物で、字は子卿（しけい）。京兆尹杜陵県（けいちょういんとりょうけん）の出身です。父は衛尉（えいい）の蘇建（そ けん）で、兄の蘇嘉（そ か）、弟の蘇賢（そ けん）と合わせて3兄弟でした。また、妹が2人いました。漢で結婚した妻との間に蘇元（そ げん）と2人の娘がおり、匈奴での妻との間に蘇通国（そ つうこく）を儲けています。

生涯

父の任子（にんし）によって郎（ろう）となり、侍中（じちゅう）などを務めました。

天漢元年（紀元前100年）、蘇武は中郎将（ちゅうろうしょう）として匈奴への使者に任命されます。副使は張勝（ちょう しょう）で、常恵（じょう けい）らが付き従いました。当時、単于（ぜんう）の下にいる漢の降将・虞常（ぐ じょう）が、匈奴の緱王（こうおう）と共謀し、同じく匈奴に降って重用されていた衛律（えいりつ）を殺害し、単于の母を脅迫して漢に帰国しようと計画していました。虞常と緱王は張勝にこの話を持ちかけ、張勝はこれを承諾し援助しました。しかし、虞常と緱王は計画に失敗し、単于がこの件を知ることとなります。単于は蘇武を尋問しようとしましたが、蘇武は自決を図ります。しかし、衛律の手当てによって一命を取り留めました。単于は蘇武を脅して匈奴に帰順させようとしましたが、蘇武が拒否したため、常恵らと共に抑留されることになりました。

蘇武は、飲食物も与えられないまま穴倉に閉じ込められました。彼は雪を口にし、節の飾りの毛を食べて生き延びました。その後、北海（現在のバイカル湖）のほとりに移され、匈奴から「オスの羊が乳を出したら帰してやる」と言われます。彼はそこで、野鼠の穴を掘り、草の実を食べるなど、辛酸をなめましたが、単于の弟に気に入られ、援助を受けて生き長らえ、匈奴に屈することはありませんでした。

ある時、蘇武はかつて共に侍中を務めた仲であり、現在は匈奴に降って厚遇されていた李陵（り りょう）から降伏するよう説得されますが、蘇武は拒否しました。それ以来、李陵は陰ながら蘇武を援助し続けました。

匈奴は漢に対して蘇武は死亡したと伝えていましたが、抑留19年目、漢の武帝（ぶてい）が亡くなり、昭帝（しょうてい）が匈奴と和親し使節を派遣した際に、常恵によって蘇武が生存していることが判明し、ようやく単于から帰国の許可が下りました。

始元6年（紀元前81年）に蘇武は漢に帰還し、典属国（てんぞくこく）を拝命しました。しかし、母はすでに亡くなっており、妻は他の者に嫁いでいました。後に、蘇武の子の蘇元が反乱を企てた上官桀（じょうかんけつ）らに連座して処刑され、上官桀や桑弘羊（そう こうよう）と仲が良かった蘇武も逮捕されそうになりますが、霍光（かく こう）がこれを止めさせ、免官だけで済みました。

宣帝（せんてい）の擁立に関与し、関内侯（かんないこう）の位を賜り、張安世（ちょうあんぜい）の推薦により右曹（うそう）・典属国に再び任用されました。神爵2年（紀元前60年）、蘇武は80歳余りの高齢で亡くなりました。

亡くなる以前、宣帝は蘇武が子の蘇元を失ったことを哀れみ、匈奴で軟禁されていた時に匈奴の女性との間に生まれた子の蘇通国を漢に呼び寄せて郎としました。また、麒麟閣（きりんかく）には宣帝の名臣たちと並んで蘇武の像が描かれました。

後世

蘇武の事跡等に関しては『漢書』蘇武伝に詳しく記されています。また、『文選』には李陵が蘇武に与えた詩3首と蘇武が答えた書と共に、蘇武の詩が4首収録されています。蘇武と李陵の贈答の詩については、南宋の厳羽（げんう）が記した『滄浪詩話』に「五言詩は李陵・蘇武に起こる」と記されています。中島敦の小説『李陵』にも蘇武が描写されています。

ただし、蘇武・李陵の詩が後世の仮託であるという説も有力です。古くは劉勰（りゅう きょう）の『文心雕龍』明詩に、五言詩は前漢には存在せず、李陵の詩といわれているものは後代の作品ではないかと記されています。また、蘇軾（そ しょく）の「答劉沔書」には、蘇武の詩にある「俯観江・漢流」の語が長安で書かれた詩にふさわしくないとして、後世の作品だと断じています。洪邁（こう まい）の『容斎随筆』は、李陵の詩の中に恵帝（けいてい）の諱である「盈」の字が出てくることから、武帝の時代の作品ではありえないとしています。

外部リンク

蘇武伝
蘇武小伝
蘇武と李陵の詩
蘇武-中国漢朝の忠臣

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