単于

単于（ぜんう、せんう）とは

単于（拼音: Chányú）は、匈奴をはじめとする北アジア遊牧国家の初期の君主号です。単于の妻は閼氏（えんし）と呼ばれ、特定の姻族や漢の公主が選ばれました。

単于の意味

『漢書』匈奴伝には、単于の意味について以下のように記されています。

「撐犁孤塗単于」

この記述をもとに、研究者たちが様々な考察を行ってきました。

「撐犁」について

「撐犁」は、モンゴル語の「天」を意味する「tängri」「tengere」「tangara」に対応すると考えられています。テュルク語でも同様に「tängri」と言います。「撐」の現代中国語音は「tang」、安南音は「dank」であること、また『キュル・テギン碑文』の漢文面に「撐犁」とあり、テュルク語面に「tängri」とあることから、「撐犁」が「tängri」の音写であることはほぼ定説となっています。

「孤塗」について

「孤塗」については、いくつかの異説があります。白鳥庫吉はApogir語の「hūtta 子」、バルグジン語の「guto 子」が「孤塗」の対音であるとし、方壮猷もバルグジン語の「guto」、ヤクート語の「hutto 子」が対応するとしました。一方、アレクサンダー・ワイリーはウイグル語の「tängre uchul-oglu 天の子」、フリードリヒ・ヴィルヘルム・カール・ミュラーはウイグル語の「qut 幸福」、「idiqut 神聖」が由来であると唱えました。

「単于」について

「単于」の語源についても諸説あります。白鳥庫吉は初め、チャガタイ語の「čong 強・大」に比定しましたが、B. Munkácsが否定したため、モンゴル語の「činegen」に比定しました。その後、チャガタイ語の「zenghiz 強・大」に比定しましたが、最終的には広大の意味である「単」と「于」の合成語で、漢語の借用語であると結論付けました。デ・ホロートは「単于」を「tan-hu」と読み、トルコ語の「tanrü」に当たるとし、ワシリイ・ラドロフは「tan-yü」と読ませ、「tängri oglu」の音写であると考えました。方壮猷は「単」の古音を「sin」「san」とし、ツングース語の「sinkai」、モンゴル語の「sinkha」、トルコ語の「song」などが由来であるとしました。内田吟風はモンゴル語の「delgüü 広げたる」に関連するとし、中国で「単于 tän-giwo」、ギリシアで「targü」と音写されたと考えました。

『史記』には、最初の単于は夏の王子である淳維であると記載されています。

「単」の読みについて

白鳥庫吉は『康熙字典』から「単」の字の古音に「tan 丹」と「šen,žen 善」の二音があることを指摘し、『漢書』匈奴伝の記述から、「単」の字は漢代では「tan」ではなく、「žen」または「šen」であったと考えました。

ウィリアム・バクスターとローラン・サガールによる上古[[中国語]]の再構音では /dar ɦʷa/ とされています。この説に基づけば、テュルク系称号のタルカンはその名残りと考えられます。

単于の起源

単于号を使い始めたのは匈奴ですが、正確な時期は不明です。記録に残る最初の単于は頭曼ですが、白鳥庫吉や加藤謙一らは、実際に単于号を創始したのは頭曼を殺害して政権を奪取した冒頓単于であるという説を唱えています。

歴代単于

統一匈奴帝国時代

頭曼単于（? - 紀元前209年）
冒頓単于（紀元前209年 - 紀元前174年）
老上単于（紀元前174年 - 紀元前160年）
軍臣単于（紀元前160年 - 紀元前126年）
伊稚斜単于（紀元前126年 - 紀元前114年）
烏維単于（紀元前114年 - 紀元前105年）
児単于（紀元前105年 - 紀元前102年）
呴犁湖単于（紀元前102年）
且鞮侯単于（紀元前102年 - 紀元前96年）
狐鹿姑単于（紀元前96年 - 紀元前85年）
壺衍鞮単于（紀元前85年 - 紀元前68年）
虚閭権渠単于（紀元前68年 - 紀元前60年）
握衍朐鞮単于（紀元前60年 - 紀元前58年）

分裂時代

呼韓邪単于（東匈奴）（紀元前58年 - 紀元前31年）
屠耆単于（賢単于）（紀元前58年 - 紀元前56年）
郅支単于（西匈奴）（紀元前56年 - 紀元前36年）

再統一時代

復株累若鞮単于（紀元前31年 - 紀元前20年）
捜諧若鞮単于（紀元前20年 - 紀元前12年）
車牙若鞮単于（紀元前12年 - 紀元前8年）
烏珠留若鞮単于（紀元前8年 - 13年）
烏累若鞮単于（13年 - 18年）
呼都而尸道皋若鞮単于（18年 - 46年）

王莽が冊立した単于

孝単于（11年 - 13年）
順単于（11年 - 12年）
須卜単于（18年 - 21年）

北匈奴

蒲奴単于（46年 - ?）
優留単于（? - 87年）
北単于（88年 - ?）
於除鞬単于（91年 - 93年）

南匈奴

醢落尸逐鞮単于（48年 - 56年）
丘浮尤鞮単于（56年 - 57年）
伊伐於慮鞮単于（57年 - 59年）
醢僮尸逐侯鞮単于（59年 - 63年）
湖邪尸逐侯鞮単于（63年 - 85年）
伊屠於閭鞮単于（85年 - 88年）
休蘭尸逐侯鞮単于（88年 - 93年）
亭独尸逐侯鞮単于（94年 - 98年）
萬氏尸逐侯鞮単于（98年 - 124年）
烏稽侯尸逐鞮単于（124年 - 128年）
去特若尸逐就単于（128年 - 140年）
車紐単于（140年）
呼蘭若尸逐就単于（143年 - 147年）
伊陵尸逐就単于（147年 - 172年）
屠特若尸逐就単于（172年 - 178年）
呼徴単于（178年 - 179年）
羌渠単于（179年 - 1[[88年]]）
持至尸逐侯単于（1[[88年]] - 195年）
呼廚泉単于（195年 - 216年）

前趙

劉淵（304年、大単于に推挙）
劉聡（310年、大単于となる）

烏桓

烏桓族の部族長は大人（たいじん）と呼ばれましたが、一部の有力者は後漢の袁紹より単于の称号を授かりました。

鮮卑

鮮卑では、単于は晋朝から授かる称号の一つとなりました。

参考文献

白鳥庫吉「可汗及可敦称号考」『白鳥庫吉全集』第五巻 塞外民族史研究下、岩波書店、1970年。
内田吟風、田村実造他訳注『騎馬民族史1 正史北狄伝』平凡社東洋文庫、1971年。
内田吟風『北アジア史研究 匈奴篇』同朋舎〈東洋史研究叢刊〉、1975年。ISBN 481040627X。
江上波夫『騎馬民族国家』中央公論社、1967年。

関連項目

匈奴
カガン
ハーン
攣鞮氏（屠各種）
左賢王
右賢王

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