褚蒜子

褚蒜子（ちょ さんし）

褚蒜子は、中国東晋時代の康帝司馬岳の皇后であり、穆帝司馬聃の生母です。名門出身であり、その聡明さと度量、見識の高さで知られています。彼女の生涯は、東晋の政治情勢に深く関わり、激動の時代を生き抜いた女性として語り継がれています。

生涯

褚蒜子は、都郷侯褚裒の娘として生まれました。琅邪王司馬岳（後の康帝）に嫁ぎ、妃となります。咸康8年（343年）に康帝が即位すると、皇后に立てられました。しかし、建元2年（344年）に康帝が崩御し、わずか2歳だった息子の穆帝が即位すると、皇太后として政治の表舞台に立つことになります。

幼い穆帝を支えるため、褚蒜子は称制（皇太后が皇帝に代わって政治を行うこと）を行い、何充や会稽王司馬昱らの補佐を受けました。彼女は、父の褚裒に宮中で臣下の礼を取らせるように命じたり、実家の義母らに対する追贈を許さないなど、公私をわきまえ、公平な政治を行う姿勢を示しました。

升平元年（357年）に穆帝が元服すると、褚蒜子は政務を返上し、崇徳宮に居を移します。しかし、升平5年（361年）に穆帝が子どものないまま崩御すると、再び政治に関わることになります。穆帝の従兄弟にあたる司馬丕（哀帝）を即位させた後、興寧2年（364年）に哀帝が丹薬中毒で日常生活が困難になると、再び摂政に就きました。哀帝の崩御後は、彼の同母弟である司馬奕を皇帝に擁立しました。

太和6年（371年）、大司馬桓温が司馬奕の廃位を画策し、男色に溺れているという讒訴を行いました。褚蒜子は、桓温に押し切られる形で司馬奕の廃位に同意してしまいます。その後、会稽王司馬昱が簡文帝として即位すると、褚蒜子は崇徳太后と称されました。寧康元年（373年）に桓温が死去すると、謝安の奏請により、三度目の摂政を務め、太元元年（376年）に孝武帝が元服するまで政治を主導しました。

太元9年（384年）、褚蒜子は顕陽殿で崩御しました。享年61歳。献と諡（おくりな）されました。

逸話

褚蒜子は、穆帝に政務を返す際、「四海は一つに統合されず、五胡が叛逆して豺や狼が道を塞ぐ」という詔を下しました。この詔勅には、華北に乱立した異民族を指す概念として「五胡」という表現が使われており、現存する史料において確認できる最古の事例とされています。

桓温が司馬奕の廃位を求めて入朝した際、褚蒜子は仏堂で香を焚いていました。桓温の上奏文を読んだ褚蒜子は、「私が本来こうなると疑っていた」と嘆き、「未亡人はこのような百種の憂患に心配し、存亡を考えれば心は切られたようだ」という答えを送りました。桓温は、褚蒜子が反対しないかと恐れていましたが、廃位を許す詔令が下されると、大いに喜んだと伝えられています。

孝武帝の即位後、謝安と桓沖が共に政治を補佐しましたが、謝安は桓沖を牽制するため、褚蒜子に再び称制を請いました。これに対し、王彪之は「今上は10歳を超えて冠婚を行うはずなのに、兄嫁が臨朝するのはおかしい」と反対しましたが、結局、謝安の意向通り、褚蒜子が再び摂政を務めることになりました。

褚蒜子は、激動の時代において、皇太后として東晋の政治を支え、その聡明さと決断力で歴史に名を刻んだ女性です。

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