賀緑汀

賀緑汀（がりょくてい、He Liuting、1903年 7月20日 - 1999年 4月27日）は、20世紀の中国において、音楽の創作、理論研究、そして教育の分野で多大な貢献をなした傑出した人物です。本名を賀楷、号を抱真といい、現在の湖南省邵東県の出身。激動の時代を生き抜いた彼の人生は、中国が経験した社会的大変革と深く結びついていました。約四分の三世紀にわたる息の長い創作活動に加え、教育者として後進の育成に情熱を注ぎ、中国近代音楽の基盤を築いた一人とされています。

生涯

賀緑汀の音楽の探求は、1910年代後半から1920年代初頭にかけて、長沙の岳雲学校芸術専修科で音楽の基礎を学んだことから始まります。この頃から、彼は社会の動きにも関心を抱き、1926年には中国共産党へ参加。翌年の広州蜂起にも身を投じるなど、若き日は革命運動の一員としても活動しました。

その後、彼は音楽の専門的な道をさらに深めるため、1931年に上海音楽専科学校に入学し、当時の中国を代表する音楽家の一人であった黄自に師事しました。1934年になると、当時の中国映画の中心地であった上海に移り、明星影片公司に音楽科長として迎え入れられ、数多くの映画音楽を手がけることでその才能を発揮しました。また、彼は芸術を通じた社会改革を目指す動きにも積極的に関わり、1936年には左翼歌曲作者協会に加入。日中戦争が始まる直前の1937年には、抗日運動の一環として組織された上海文化界抗日救亡演劇第一隊の設立にも中心的な役割を果たしました。

戦時中、彼は戦火を逃れて各地を転々としながらも音楽活動を続けました。1938年には武漢で中国電影制片廠の音楽科長を務めた後、重慶へ移り、重慶中央広播電台の音楽科長に任命されました。さらに1943年には革命の根拠地である延安に到達。1946年には中央党校文芸工作研究室の音楽組長となり、李伯釗と共に中央管弦楽団の設立責任者として尽力し、初代団長および合唱隊長を兼任しました。

中華人民共和国の建国が迫る1949年2月、彼は北京（当時の北平）に移り、北平師範大学音楽系の主任に就任すると同時に、設立準備が進められていた国立音楽院（後の上海音楽学院など）の副院長を兼任しました。同年9月からは上海音楽学院の院長に就任し、この重要なポストを長年にわたり務め、新中国の音楽教育体制の確立と発展に力を尽くしました。建国後も、彼は中国共産党の全国大会代表や全国人民代表大会代表、中国人民政治協商会議委員、教育部芸術教育委員会委員など、国の主要な会議や委員会で要職を歴任。中国文学芸術連合会副主席や中国音楽家協会の名誉主席としても、中国の文化芸術振興に大きな影響力を行使しました。1984年、彼は上海音楽学院の名誉院長に退き、第一線の公職から身を引きましたが、その功績は高く評価されています。

音楽活動と主要作品

賀緑汀の創作活動は76年にも及び、その作品は非常に多岐にわたります。彼は生涯で、6曲のオペラ、200曲近くの歌曲、25曲の合唱曲、5曲のピアノ曲、7曲の管弦楽曲、そして27作品にも及ぶ映画音楽など、膨大な量の音楽を残しました。彼の作品は、西洋音楽の手法を取り入れつつも、中国固有の旋律やリズム、情景を描写する抒情性を兼ね備えている点が特徴です。

初期の代表作として特に有名なのは、ピアノ独奏曲の『牧童短笛（ぼくどうたんてき）』と『揺籃曲（ようらんきょく）』です。これらの作品は、1934年にロシアの作曲家アレクサンドル・チェレプニンが上海で開催した「中国風のピアノ作品コンクール」に出品され、見事に上位入賞を果たしました。これにより、賀緑汀は国内外にその名を知らしめ、中国近代ピアノ音楽の方向性を示す作品として高く評価されました。

また、彼の歌曲も広く人々に親しまれています。中でも、日中戦争中に作られた『遊撃隊歌（ゆうげきたいか）』は、その力強く鼓舞するような旋律が多くの人々を励まし、現在に至るまで歌い継がれている傑作です。この他にも、『懇春泥（こんしゅんでい）』や『嘉陵江上（かりょうこうじょう）』といった歌曲、そして映画音楽として親しまれた『春天里（しゅんてんり）』『四季歌（しきか）』『天涯歌女（てんがいかじょ）』など、彼の作品は情感豊かで、人々の心に響くものが多いです。管弦楽曲としては『森吉徳馬（もりきちとくま）』や『晩会（ばんかい）』といった作品があります。

功績と影響

賀緑汀は、優れた作曲家であるだけでなく、音楽理論家、そして特に教育者としての功績が非常に大きい人物です。上海音楽学院の院長として、彼は戦後の中国における音楽教育システムの構築に尽力し、多くの優秀な音楽家や教育者を育て上げました。革命家、芸術家、教育者、行政官という多面的な顔を持つ彼の生涯は、まさに20世紀中国の音楽史そのものを体現していると言えるでしょう。彼の残した作品群と、音楽教育への貢献は、今日の中国音楽界に計り知れない影響を与えています。1999年に95歳で亡くなるまで、彼は生涯を通じて中国の音楽文化の発展を見守り続けました。

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