足利忠綱

足利忠綱の生涯

足利忠綱（あしかが ただつな）は、平安時代末期の武将であり、鎮守府将軍・藤原秀郷を祖とする藤姓足利氏の5代目当主です。治承・寿永の乱において平氏方として戦い、その生涯は数々の逸話に彩られています。

生い立ちと家督相続

忠綱は足利俊綱の子として生まれました。『吾妻鏡』には、忠綱を「末代無双の勇士」と評し、その武勇を「一にその力百人に対す、二にその声十里に響く、三にその歯一寸なり」と記しています。また、その体格から先祖同様に相撲人でもあったとされています。藤姓足利氏は下野国足利荘を本拠とし、「数千町」を領有する郡内の有力者でしたが、忠綱が生まれた頃には新田義重や足利義康によって所領を大きく失っていました。さらに、久寿2年（1155年）の大蔵合戦で同盟関係にあった秩父重綱や源義賢が滅ぼされ、藤原足利氏を取り巻く状況は厳しいものでした。

治承・寿永の乱での活躍

忠綱がいつ家督を継いだかは不明ですが、『吾妻鏡』によれば、治承4年（1180年）の以仁王の挙兵の際、小山氏が以仁王の令旨を受けたのに対し、足利氏が受けなかったことを恥辱とし、平氏方に加わったとされています。当時17歳であった忠綱は初陣ながらも、一門を率いて上洛し、平氏の有力家人・伊藤忠清の軍勢に加わり、以仁王と源頼政を追撃しました。同年10月の宇治川の戦いでは、足利一族を率いて先陣を切り、渡河して味方を鼓舞し、敵軍を討ち破るという大功を立てました。しかし一方で、先祖伝来の大鎧と避来矢を戦場で見失い、慌てふためいたという話も残っており、忠綱が避来矢をいかに大切にしていたかが伺えます。

恩賞と離反

宇治川の戦いの後、忠綱は父・俊綱の望みであった上野十六郡の大介任官と新田荘を屋敷所とすることを平清盛に願い出、これが承諾されました。しかし、他の足利一門からの抗議により、恩賞は撤回され、忠綱は午の刻のみ大介となったことから「午介」と嘲笑されました。恩賞への不満からか、忠綱は東国に戻り、野木宮合戦に至るまで平氏から離反し、源頼朝に帰順したとされています。この背景には、元々新田郡を含む上野国は藤姓足利氏の所領であったものの、新田義重に領有権が移った経緯があり、忠綱はこれに不満を持っていたと考えられます。

源頼朝との対立

以仁王の挙兵後、藤原足利氏を取り巻く環境はさらに悪化します。平氏に代わって台頭した源頼朝は、関東の豪族や同族の源氏を敵視し、藤原足利氏とも対立しました。治承5年（1181年）には、足利氏と競合していた源姓足利義兼・新田義重が頼朝に帰順し、佐貫広綱も頼朝の御家人となりました。さらに、佐位七郎弘助・那和太郎が木曾義仲に従って横田河原の戦いに参戦するなど、藤姓足利氏の結束は崩れていきました。

野木宮合戦と没落

寿永2年（1183年）、常陸国の志田義広が頼朝を討つべく挙兵すると、忠綱はこれに呼応しました。しかし、小山朝政が騙し討ちを行い、野木宮で合戦が行われました。忠綱は合戦に間に合わず、志田義広は敗走し、忠綱もまた戦わずして敗北しました。敗北後、忠綱は上野国山上郷龍奥に籠もりましたが、その後、郎党の桐生六郎の勧めに従い、西海へ赴きました。同年9月、頼朝は和田義茂に俊綱追討を命じましたが、俊綱は追討軍が到着する前に桐生六郎に裏切られ殺害され、藤原足利氏はほぼ滅亡状態となりました。その後、忠綱は頼朝に帰順を条件に一部所領を返されたとされています。

壇ノ浦の戦い後の動向

文治元年（1185年）の壇ノ浦の戦いで平家が滅亡した後、忠綱は頼朝から無断任官を理由に侮辱され、名前と境遇から足利忠綱であると考えられています。その後、忠綱は源姓足利氏の足利義兼を頼って家人になったとも伝えられています。

鑁阿寺の伝承

建久7年（1196年）、鑁阿寺に屋敷を構える足利義兼が鎌倉へ滞在中、忠綱が鑁阿寺で留守を預かっていた際、義兼の妻・北条時子が妊娠したように腹部が膨らみ、侍女の藤野によって不義密通の疑いをかけられました。身に覚えのない忠綱は追われる身となり、北条時子は潔白を証明するために自害、藤野は牛裂きになったと伝えられています。忠綱は鑁阿寺を逃れる際に天満宮に無実を祈願し、その際地面に差した藤の枝が芽吹き大木となったことから、その天満宮は逆さ藤天神と呼ばれています。

最期と伝承

忠綱は逃亡中に落馬したとされる馬打峠や、追手に討たれたとされる上野国の皆沢八幡宮など、伝承が数多く残っています。皆沢八幡宮は忠綱を祭神としており、白犬が吠えたために見つかり討たれたという伝承が残っています。また、愛媛県西予市宇和町には、忠綱が築城したとされる歯長城があり、『吾妻鏡』の記述と矛盾しないことから、西海へ逃亡した可能性も示唆されています。歯長寺には忠綱の遺体を埋葬したとされる墓があり、その墓から巨人の骨格が見つかったという伝承も残っています。

史跡

足利市緑町の福厳寺は忠綱が開基となって創建され、逆藤天満宮には忠綱が無実の罪が晴れるように祈願した際に、逆さに指した藤の枝が後に大木となったという伝承が残っています。

補足

忠綱が大切にしていた避来矢は、佐野基綱の手に渡り、現在では佐野市の唐沢山神社に国宝として保管されています。

まとめ

足利忠綱は、平安時代末期の激動の時代を生きた武将であり、その武勇と数々の逸話は今もなお語り継がれています。平氏方としての活躍、源頼朝との対立、そして数々の悲劇に見舞われた彼の生涯は、当時の社会情勢と武士の生き方を色濃く反映しています。

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