逓信省営繕課

逓信省営繕課：日本の近代建築を彩ったエリート集団

明治時代から戦後にかけて、日本の郵便、電信、電話事業を担っていた逓信省。その営繕課は、数々の個性豊かな建築物を生み出した、名実ともにエリート建築家集団でした。内匠寮や大蔵省営繕管財局と並び、時代の建築潮流をリードし、日本の近代建築史に大きな影響を与えた存在と言えるでしょう。

黎明期から戦前までの発展

1871年（明治4年）の近代郵便制度発足と同時に、全国各地に郵便役所（現在の郵便局）などが設置されました。当初は民間からの借用や、大蔵省、工部省の管轄による建築物が使用されていましたが、1885年の逓信省発足後、営繕組織の整備が本格化します。1887年には佐立七次郎、吉井茂則ら逓信四等技師が雇用され、省内での設計・建設体制が確立されていきました。

1902年には総務局会計課に営繕係、1903年には経理局に営繕課が設置されるなど、組織は拡大を続けました。1910年には大臣官房経理課調度係に吸収されましたが、1913年には経理局が復活し、再び営繕課が設置されます。その後、組織改編を繰り返しながらも、逓信省、そして戦後の電電公社や郵政省へと、その系譜は受け継がれていきました。

エリート集団と自由な発想

逓信省営繕課には、常に時代の最先端技術とデザインへの関心が強く、若い職員にも自由な発想を求める風土がありました。国家の中枢機関という立場から、優秀な建築家が集まり、技師と製図工の明確な役割分担の下、精密な図面作成が行われていました。

特に1910年代は黄金時代とされ、内田四郎、渡辺仁、三橋四郎、大島三郎、岩元禄、森泰治、吉田鉄郎、山田守、中山広吉など、錚々たるメンバーが加わりました。彼らは官庁営繕の枠にとらわれず、近代建築運動にも共感し、自由なデザインを追求しました。

明治後期の作品には、繊細なデザインのルネサンス様式が見られます。例えば、山口県下関市の旧南部町郵便局（設計：三橋四郎）や京都市中京区の旧京都郵便電信局（設計：吉井茂則＋三橋四郎）などがその代表例です。また、1910年代後半から昭和初期にかけては、モダニズムスタイルの作品が数多く誕生しました。

国際的な視野と建築運動

逓信省営繕課の建築家たちは、海外視察の機会にも恵まれ、国際的な視野を養いました。山田守はCIAM第2回大会に出席し、メンデルゾーンと面会。吉田鉄郎は海外旅行で近代建築運動を直接体験し、日本建築を海外に紹介するなど、日本の近代建築史に多大な貢献をしました。

また、山口文象ら雇員が中心となって設立された「創宇社建築会」は、建築運動を推進。下級技師の立場からの社会意識に基づいた活動は、日本の建築界に新たな視点を提供しました。

厳格な施工と実用性

逓信省営繕課は、建設工事の厳正な施工にも力を入れていました。『電信電話事業史』によると、大正14年には見積係、仕様係、構造係を設け、分業による専門化を進め、工事監督も充実させていました。入念な施工管理により、設計意図通りの高品質な建築物が実現しました。

戦後、内田祥哉は、逓信省の設計は時代の先端を走りながらも、実用性と安全性が高く、間違いのないものだったと証言しています。小さな電話局から大規模な中央郵便局まで、多様な建築物を手掛け、独自の設計システムを確立していました。

独自の組織運営と日本の近代建築

逓信省営繕課は、予算を自ら獲得し、各施設への配分まで管理する独自の組織運営を行っていました。建築主である営繕部と、強い権力を持っていた役所という環境の中で、日本の建築家たちが育ち、日本の近代建築の発展に貢献したのです。

逓信省営繕課は、単なる官庁営繕組織ではなく、時代の最先端をいく建築家集団であり、その活動は日本の近代建築史に燦然と輝く、重要な一頁を刻んでいます。

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