進化論裁判

進化論 裁判とは

進化論裁判とは、アメリカ合衆国において、進化論を公立学校で教えることを制限しようとする「反進化論法」を巡って争われた一連の裁判を指します。特に有名なものとして、1925年のスコープス裁判、1982年のアーカンソー州の授業時間均等法裁判などが挙げられます。これらの裁判は、科学と宗教の対立、教育における自由、そして社会における価値観の衝突を浮き彫りにしました。

背景：科学と宗教の対立

進化論とキリスト教右派の対立は、科学と宗教の対立の典型例としてしばしば取り上げられます。アメリカ合衆国では、聖書を文字通りに解釈する福音主義の保守派が、進化論を否定する運動の中心となっています。彼らは、聖書の創世記に書かれた天地創造を歴史的事実として受け止め、自然界の進化によって人間が誕生したとする進化論を、聖書の記述に反するものとして強く拒絶します。

進化論を巡る論争の歴史

20世紀初頭、アメリカで公立学校教育が始まると、進化論は生物学の授業で教えられるようになりました。これに対し、ファンダメンタリスト（原理主義者）たちは、自分たちの子供たちが進化論を教えられることに強く反発し、学校教育の場で進化論を教えることを阻止しようと様々な手段を講じました。

モダニスト・ファンダメンタリスト論争（1923年-1924年）

1923年から1924年にかけて、ニューヨークで「進化論対創造説」をテーマにした公開討論が行われました。創造説を主張したのはカルバリ・バプテスト教会の牧師であるジョン・ローチ・ストラットン、進化論を支持したのはウエストサイド・ユニテリアン教会の牧師であるチャールズ・フランシス・ポッターでした。

1日目の討論では、「聖書無謬説」が焦点となりました。ストラットンは、聖書は神によって霊感を受けて書かれたものであり、一語一句に至るまで正しいと主張しました。しかしポッターは、高等批評の立場から聖書の誤りや矛盾を指摘し、聖書無謬説の脆弱性を露呈させました。

2日目の討論では、進化論の妥当性が議論されました。ポッターは、ダーウィンの進化論は科学的に妥当であり、現代社会に適合すると主張しました。一方、ストラットンは、進化論の証拠に疑問を呈し、聖書的見解を支持しました。

反進化論法の成立

当初、ファンダメンタリストの動きは組織的なものではありませんでした。しかし、ウィリアム・ジェニングス・ブライアンの登場によって状況は一変しました。ブライアンは民主党の大統領候補を3度務めた人物で、リベラルな思想の持ち主でしたが、進化論を「キリスト教に反する悪魔の理論」とみなし、ファンダメンタリストと結託して、各州に公立学校での進化論教育を禁止する法律を次々と成立させました。

スコープス裁判（1925年）

反進化論法に対し、アメリカ自由人権協会（ACLU）は、裁判で廃止を目指しました。ACLUは、進化論を教えたとして逮捕される志願者を募集し、テネシー州の教師ジョン・スコープスが逮捕されました。この裁判は全米の注目を集め、モンキー裁判（猿裁判）として知られるようになりました。

裁判では、検察側が聖書の正しさを主張し、弁護側が進化論の正当性を訴えました。スコープスは有罪となりましたが、控訴審で裁判自体が無効とされました。しかし、この裁判によって反進化論法が廃止されることはなく、1967年まで存続することになりました。

その後の裁判と反進化論運動の変遷

1957年のスプートニク・ショックをきっかけに、アメリカの科学教育が見直されるようになりました。1967年にはテネシー州の反進化論法が廃止され、1968年のアーカンソー州の裁判では、進化論教育を禁止する法律は違憲であると判断されました。

しかし、その後もファンダメンタリストは、創造論を科学的に説明しようとする「創造科学」を提唱し、進化論と同等の時間で教えるよう主張しました。1982年のアーカンソー州の裁判では、創造科学は科学ではなく宗教的な教義を助長するものだと判断され、違憲判決が下されました。1987年には、ルイジアナ州の同様の法律も連邦最高裁で違憲とされました。

創造科学はその後、「インテリジェント・デザイン論」として姿を変え、生物の複雑さは知的な存在によるものだと主張されるようになりました。しかし、これらの主張は、公立学校での教育における宗教的な思想の浸透を警戒する人々から批判されています。

2005年には、ペンシルベニア州のドーバー学区がインテリジェント・デザイン論を導入しようとしましたが、裁判で違憲と判断されました。

現在の状況

現在でも、アメリカでは進化論に対する根強い抵抗が存在します。世論調査では、約半数のアメリカ人が神による人類の創造を信じており、進化論を完全に受け入れていない人も少なくありません。

進化論裁判は、科学と宗教の対立、教育の自由、そして社会における価値観の衝突など、現代社会が抱える重要な問題を浮き彫りにしています。これらの裁判の歴史は、私たちに科学的思考の重要性、そして多様な意見を尊重することの必要性を教えてくれます。

映画

- 風の遺産(en)（スコープス裁判を題材にしている）

参考文献

- ナイルズ・エルドリッジ『進化論裁判』渡辺政隆訳、平河出版社、1991年12月。ISBN 4-89203-193-3。
- スティーヴン・ジェイ・グールド『ニワトリの歯　進化論の新地平』渡辺政隆訳、早川書房、1988年10月。ISBN 4-15-203372-X。
- カール・ジンマー『「進化」大全　ダーウィン思想：史上最大の科学革命』渡辺政隆訳、光文社、2004年11月。ISBN 4-334-96173-8。
- リチャード・ドーキンス『盲目の時計職人　自然淘汰は偶然か？』中嶋康裕ほか訳、早川書房、2004年3月。ISBN 4-15-208557-6。

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