郤正

郤正（げき せい）

郤正（げき せい、字は令先）は、中国の三国時代から西晋にかけて生きた学者・政治家です。司隷河南尹偃師県（現在の河南省偃師市）の出身で、元々は纂という名でした。

生涯

祖父の郤倹は後漢の益州刺史でしたが、馬相の乱で命を落としました。父の郤揖は、当初劉焉や劉璋に仕えず、劉備が蜀を制圧後に仕官し、孟達の営都督となりました。その後、孟達と共に魏に降伏し中書令史となりますが、郤正が幼い頃に亡くなり、母も再婚したため、彼は幼くして一人で生計を立てることを余儀なくされました。しかし、貧困の中で学問を好み、広く書物を読み漁ったため、若くして名文家として知られるようになりました。

蜀漢では秘書吏として出仕し、昇進を重ねて最終的には秘書令という地位にまで上り詰めました。特筆すべきは、郤正が黄皓の屋敷の隣に30年間も住んでいたにも関わらず、黄皓に特別に気に入られることも嫌われることもなかったという点です。そのため、俸禄は六百石を超えることはありませんでしたが、官職を追われるようなこともなく、平穏な日々を送りました。

263年、魏が蜀漢に侵攻し、炎興元年（263年）に劉禅が魏に降伏する際、郤正は降伏文書の作成を任されました。劉禅が洛陽に移送されることが決まると、彼は妻子を置いて劉禅に付き従い、関内侯に封じられました。劉禅は、郤正の補佐によって落ち度なく振る舞うことができたため、「郤正を評価するのが遅かった」と後悔したと伝えられています。

西晋に仕えた後は、安陽県令・巴西太守と順調に出世を重ね、咸寧4年（278年）にその生涯を閉じました。

人物・逸話

郤正は、名誉や利益にこだわることなく、文章の美しさを追求した人物として知られています。司馬相如、班固、張衡らの文・篇・賦、そして同時代の優れた論など、益州にあるものにはほとんど目を通していたと言われています。

100篇にも及ぶ詩・論・賦を書き残しており、その中には姜維を高く評価した論文や、『釈譏』という自身への批判に対する弁明文も含まれています。

秘書郎であった頃、郤正はたびたび孟光を訪ねて教えを乞うていました。ある時、孟光が皇太子劉璿の性格や能力について尋ねた際、郤正は慎重な受け答えに終始しました。孟光は彼の慎重さを評価しつつも、皇太子のあるべき姿を論じ、郤正を深く感心させました。

降伏後、劉禅は司馬昭に「ときには蜀のことを思い出されますかな？」と尋ねられ、「ここは楽しいので思い出すことはありません」と答えました。これを聞いた郤正は、「次に同じ質問をされたならば『先祖の墓が遠く隴・蜀にあり、一日とて思わない日はありません』とお答えなさいませ」と進言しました。劉禅がこの進言に従ったところ、司馬昭にそれを見抜かれ、物笑いの種になったという逸話も残っています。

郤正は、激動の時代を生き抜き、学問と文章を通してその名を歴史に刻んだ人物と言えるでしょう。

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