酒井忠恭

酒井忠恭：激動の時代を駆け抜けた大名

酒井忠恭（さかいただずみ）は、江戸時代中期に活躍した大名で、老中首座という幕府の要職を務めた人物です。上野前橋藩の第9代藩主としてそのキャリアをスタートさせ、後に播磨姫路藩の初代藩主となりました。彼の生涯は、当時の社会情勢や藩の財政問題に翻弄され、激動に満ちたものでした。

生い立ちと前橋藩主時代

酒井忠恭は、前橋藩の分家にあたる越前敦賀藩主・酒井忠菊の四男として生まれました。兄である前橋藩主・酒井親本に子がなかったため、養子として迎えられ、1731年に家督を相続し、前橋藩主となりました。

大坂城代から老中首座へ

1740年、忠恭は大坂城代に任じられ、その後、西の丸老中、本丸老中と順調に昇進しました。特に、老中首座に就任した際には、それまで首座を務めていた松平乗邑が次席に回されたことが注目されました。これは、忠恭の家柄が重視されたことに加え、将軍後継問題で徳川家重を支持しなかった乗邑への報復人事であったとされています。乗邑はその後、老中を辞任し、減封の上で転封となりました。

佐賀藩の騒動と姫路転封

1748年、忠恭は肥前国佐賀藩主の隠居騒動に巻き込まれます。その翌年には、遠国である播磨国姫路への転封と同時に老中を辞任しました。この姫路転封は、前橋藩の深刻な財政難が背景にありました。

前橋藩は、酒井家という格式を維持するための費用や、幕閣での勤めにかかる費用、そして放漫な財政運用によって、財政状況が極度に悪化していました。さらに、前橋藩領内は利根川の氾濫が頻発する土地柄で、収穫量が安定せず、財政基盤は脆弱でした。そのため、藩首脳部は、より豊かであった姫路への移封を画策したのです。

しかし、姫路転封には反対する意見もありました。家老の川合定恒は、「前橋城は神君より『永代この城を守護すべし』との朱印状まで付された城地である」として転封に強硬に反対しました。そのため、転封工作は川合を排除し、秘密裏に進められました。

姫路での混乱と悲劇

酒井家の思惑とは裏腹に、当時姫路では、旱魃による不作や年貢の取り立てによって領民の不満が募っていました。さらに、藩主が急死し、幼い跡継ぎが藩主となったことで藩内が混乱。そのような状況の中、領民が一揆を起こし、藩内全域に被害が及びました。

一揆は一時的に収束したものの、酒井家の転封命令が出たことで、借金の踏み倒しを恐れた領民が再び蜂起。この混乱が尾を引き、酒井家の転封は大幅に遅れました。さらに、転封直後には台風によって姫路領内が大打撃を受け、多くの犠牲者が出ました。これにより、酒井家の財政はさらに悪化しました。

そして、転封工作を主導した本多光彬と犬塚又内は、川合定恒によって殺害され、川合もまた自害するという悲劇的な結末を迎えました。

その後と死

忠恭は、1770年に八男の忠交に1万石を分与して姫路新田藩を立藩させました。1772年に藩主在職のまま死去し、跡は孫の忠以が継ぎました。

彼の長男である忠仰は庶子であったため、当初は後継者とは見なされず、幕府から3000俵の新封を与えられ、旗本として将軍の小姓となりました。しかし、嫡子とした次男と三男が早世したため、忠仰を嫡子としますが、忠仰もまた早世したため、忠仰の長男である忠以が後継者となりました。

酒井忠恭は、その生涯を通して、大名としての責務を全うしようと努めました。しかし、藩の財政難や転封先の混乱など、数々の困難に直面し、激動の時代を生き抜いた人物として、歴史にその名を刻んでいます。

年表

1710年（宝永7年）：誕生
1731年（享保16年）：前橋藩相続
1740年（元文5年）:大坂城代に就任
1744年（延享元年）:大坂城代を免じられ、西丸老中に
1745年（延享2年）:本丸老中に転じ、老中首座となる
1749年（寛延2年）:老中を罷免され、姫路に転封
1772年（安永元年）:死去

官位

1731年（享保16年）：従五位下・雅楽頭
1732年（享保17年）：従四位下
1744年（延享元年）：侍従
* 1763年（宝暦13年）：左近衛少将

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