金遣

金遣（きんづかい）とは

金遣とは、江戸時代において、物価の表示や決済に金貨を基準として用いる経済慣習を指します。これに対し、銀貨を基準とする慣習は銀遣（ぎんづかい）と呼ばれました。金遣は主に江戸を中心とする東国で、銀遣は上方（京・大坂）を中心とする西国で用いられました。

金遣と銀遣の地域差

『近世風俗誌』には、「京坂では米価を一石あたり銀何匁と表示するが、江戸では金一両あたり米何斗何升と表示する」と記されており、東西で異なる貨幣基準が用いられていたことが分かります。一般的には、伊勢国、美濃国、加賀国を境界として、東を金遣、西を銀遣と区別しますが、実際には例外も多く、厳密な区分は困難でした。

金遣成立の背景

室町時代後期以降、東国では金の生産が増加しました。徳川家康は、佐渡金山や伊豆金山を掌握し、金貨（大判・小判）を鋳造して、金を中心とした貨幣制度の確立を目指しました。しかし、経済的に優位だった西国の商慣習である銀遣いを完全に覆すことはできませんでした。西国でも金が全く流通していなかったわけではありませんが、金は価値が高すぎて日常的な取引には不向きでした。豊臣政権も金の大判を製作していましたが、これは大名や家臣への恩賞などの贈答用で、一般流通は想定されていませんでした。

このような状況下で、江戸幕府が成立すると、幕府を中心とする武家経済が確立した江戸を中心とする東国では、金遣が普及することとなりました。さらに、関東地方では、金1両を銅銭1貫文（永楽通宝1000枚）とみなす「永」という概念があり、これに基づく金納による年貢徴収の仕組み（永高・永取）が存在しました。このため、幕府の財政運営は金と密接な関係を持つことになったのです。

金銀相場の変動

東国経済の中心である江戸と、西国経済の中心である大坂の間には、金と銀の相場が立ち、その交換比率は常に変動していました。特に、元禄改鋳によって金貨の価値が下がると、相場は激しく変動しました。改鋳直前の元禄8年（1695年）には1両＝60匁前後でしたが、5年間で1両＝48匁前後にまで下落し、これが江戸における物価高騰の原因となりました。そのため、江戸幕府は元禄13年（1700年）に1両＝60匁と定め、天保10年（1839年）にも同様の統制策を取りましたが、相場の安定には至りませんでした。元禄以降の歴代政権は1両＝60匁を維持しようと努力しましたが、幕府内外から相場の安定や銀遣いの禁止などの意見が出ても、実現は困難を極めました。

金遣の終焉

明治元年5月9日（1868年6月28日）、明治政府は銀目廃止令を布告し、丁銀や豆板銀などの秤量貨幣の使用を停止し、通貨を両に一本化することで、金遣と銀遣の区別は解消されました。

まとめ

金遣と銀遣は、江戸時代の経済を特徴づける重要な要素でした。地域ごとの経済構造、貨幣制度、商慣習が複雑に絡み合い、独特の貨幣文化を形成しました。この金遣と銀遣の相違は、経済活動だけでなく、人々の生活や意識にも大きな影響を与えたと考えられます。

参考文献

• - 田谷博吉「金遣・銀遣」『国史大辞典 4』（吉川弘文館 1984年） ISBN 978-4-642-00504-3
• - 滝沢武雄「金遣・銀遣」『日本史大事典 2』（平凡社 1993年） ISBN 978-4-582-13102-4
• - 岩橋勝「金遣・銀遣」『日本歴史大事典 1』（小学館 2000年） ISBN 978-4-09-523001-6

関連項目

• - 江戸時代の三貨制度
• - 請取勘定建
• - 御定相場
• - 両替商
• - 日本の貨幣史
• - 金銀比価

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