雄呂血

映画『雄呂血』：時代を揺るがした剣戟映画の金字塔

作品概要

『雄呂血』（おろち）は、1925年（大正14年）に公開された、二川文太郎監督による日本のサイレント剣戟映画です。阪東妻三郎が自身のプロダクション設立を記念して製作した第一回作品であり、公開当時、日本中に「剣戟ブーム」を巻き起こした記念碑的作品として知られています。主演は阪東妻三郎自身が務め、その迫真の演技と、斬新な殺陣シーンが観客を魅了しました。

ストーリー

物語の舞台は享保の頃。漢学者の娘である奈美江と、その弟子で正義感の強い若侍・久利富平三郎は、互いに愛し合っていました。しかし、師の誕生祝いの席で、同門の浪岡の無礼を咎めたことから、平三郎は破門されてしまいます。さらに、奈美江を中傷する若侍を懲らしめたことが誤解を招き、師からも見放されてしまいます。

故郷を追われた平三郎は、自分が正しいと信じて行った行いが、ことごとく曲解されてしまうことに絶望し、心は荒んでいきます。やがて彼は、無頼の浪人へと身を落とし、虚無の淵へと沈んでいきます。ある時、平三郎は料亭で働く千代という女性に情を求めますが、彼女は既に他の男の妻となっていました。失意の中、平三郎は侠客の次郎三を頼りますが、この侠客は実は悪党でした。病に苦しむ夫婦を助けたのも束の間、次郎三はその妻に手を出そうとします。そして、その妻こそ、かつての恩師の娘であり、平三郎の初恋の相手である奈美江だったのです。

怒りに燃える平三郎は、次郎三を斬り捨てますが、もはや脱出は叶わず、捕り手に取り囲まれてしまいます。激しい乱闘の末、彼は力尽き、群衆の罵声を浴びながら引き立てられていくのでした。その群衆の中に、涙を流し、平三郎を伏し拝む奈美江夫婦の姿がありました。しかし、そのことに気づく者は誰もいませんでした。

製作の背景

本作は、阪東妻三郎が東亜キネマから独立し、自身のプロダクションを設立した記念すべき第一回作品です。同時期に独立した牧野省三が総指揮を執り、寿々喜多呂九平が脚本、二川文太郎が監督を務めました。撮影は奈良市の東大寺と氷室神社で行われました。

当初のタイトルは『無頼漢』でしたが、検閲により大幅なカットを余儀なくされ、タイトルも『雄呂血』に変更されました。公開は1925年 11月20日、マキノ・プロダクションの配給により、浅草の大東京を皮切りに全国で公開されました。なお、公開順は東京の吾嬬撮影所で撮影された第二作『異人娘と武士』の方が先でした。

阪東妻三郎は、独立第一作である本作のフィルムプリントを桐箱に保管していたとされています。後に、神戸市の興行師が所有していたプリントを、弁士の松田春翠が譲り受け、1965年に再公開されました。戦前の剣劇映画の多くが失われた中、本作はオリジナルネガフィルムがほぼ全編残っている貴重な作品として知られています。

4K修復

2021年より、時代劇専門チャンネルとIMAGICAエンタテインメントメディアサービスによって4K修復作業が行われました。オリジナルネガフィルムは一部損傷が激しく、クライマックスシーンを含む約3割しか良好な状態ではありませんでした。そこで、ポジフィルムや、映画『噫活弁大写真』に収録されていた映像を組み合わせ、修復作業が行われました。その結果、上映時間は従来の75分から101分に伸びました。

作品の評価と影響

本作は、その革新的な殺陣と、社会的なメッセージ性の強さで、当時の観客から熱烈な支持を得ました。特に、ラストシーンの27分にも及ぶ大立ち回りは、様々な捕り物道具を駆使し、カメラワークにも工夫を凝らした、他に類を見ない見事なものでした。この殺陣をつけたのは、経歴不詳の殺陣師・市川桃栗です。また、物語は当時の大正デモクラシーの風潮にも乗り、多くの観客の共感を呼びました。

本作は、現在パブリックドメインとなっており、誰でも自由に鑑賞することができます。

エピソード

ロサンゼルスの日本映画専門館で上映された際には、ジョセフ・フォン・スタンバーグが連日通い、斬られる人数を数えていたという逸話が残っています。また、脚本を担当した寿々喜多呂九平は、字幕で「世に無頼漢と称する者、そは天地に愧じぬ正義を理想とする若者にその汚名を着せ、明日を知れぬ流転の人生へと突き落とす、支配勢力・制度の悪ならずや」というメッセージを挿入しましたが、検閲によってカットされました。

スタッフ・作品データ

総指揮：牧野省三
監督：二川文太郎
原作・脚本：寿々喜多呂九平
撮影：石野誠三
製作：阪東妻三郎プロダクション
上映時間：74分
フォーマット：白黒映画 - スタンダードサイズ - サイレント映画

キャスト

阪東妻三郎 - 久利富平三郎
関操 - 漢学者松澄永山
環歌子 - 永山の娘奈美江
春路謙作 - 奈美江の夫江崎真之丞
中村吉松 - 侠客赤城の次郎三

リメイク作品

『大殺陣雄呂血』（1966年、大映京都撮影所、監督：田中徳三、主演：市川雷蔵）

1978年『東宝二月特別公演　阪妻を偲ぶ』では妻三郎の息子である田村正和が主演を務めた。

外部リンク

雄呂血 - 日本映画データベース
雄呂血 - allcinema
* Orochi - IMDb

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