賤民

賤民（せんみん）とは

賤民とは、社会において通常の民衆よりも低い身分に置かれた人々を指す言葉です。この概念は、世界各地の歴史に見られ、その起源や形態は様々です。多くの場合、社会の多数派とは異なる文化的背景や職業を持つ人々が、警戒や差別によって賤民とされてきました。

起源

賤民の起源には、自己と異なるものに対する警戒感が深く関わっています。特に農耕社会では、定住して農作業に従事する人々は、共通の生活様式や意識を持つため、互いに警戒心を抱くことは少ない傾向にあります。しかし、農耕に従事しない芸能人や手工業者などは、異なる生活様式を持つため、特別な存在として認識され、時に差別的な扱いを受けることがありました。

日本における賤民

奈良時代

日本では、奈良時代に律令制度が導入された際、賤民制度が法的に定められました。この制度では、人々を良民と賤民（五色の賤）に分け、良民には租税や労役の義務が課せられました。一方、賤民にはこれらの義務が免除されたものの、社会的な権利は制限され、自由な生活を送ることが難しい状況でした。

中世

律令制度の崩壊とともに、奈良時代の賤民制度も形骸化しましたが、仏教思想を背景とした新たな賤民制度が登場しました。特に、人の死に関わる職業や、病気・事故などで死んだ動物の処理を行う人々が賤民とされるようになりました。しかし、戦国時代には、身分を越えた交流が見られることもありました。例えば、大名が穢多の子を寵愛したり、武士が穢多の女性と結婚する例も存在しました。

江戸時代

江戸時代には、武士、百姓、町人という身分制度（士農工商）の枠外に、賤民階級が置かれたとされています。しかし、漁師や猟師など、曖昧な身分の人々も存在し、士農工商以外の全てを単純に賤民とすることはできません。また、皇族や公家は賤民扱いされませんでしたが、僧侶や神職の中には、巫や巫覡として賤民とされる者もいました。

穢多は、死んだ動物の皮革加工や履物職人、非人の管理など、特定の職業に従事していました。一方、非人は、浮浪者や犯罪者、病人などが含まれており、穢多とは異なる身分でした。非人には、一定期間内に身分から脱却する機会が与えられていましたが、脱走を繰り返すと厳しい処罰を受けることもありました。

近代

明治時代に入り、四民平等が唱えられ、賤民制度は廃止されました。しかし、長年続いた差別意識は根強く残り、具体的な救済措置が講じられなかったため、賤民とされていた人々は新たな社会生活に適応するのに苦労しました。結果的に、生活基盤を失い、貧困に陥る人々が増え、部落差別問題の深刻化を招きました。

インドにおける賤民

インド社会の根底には、ヒンドゥー教の輪廻転生の思想があります。この思想に基づいたカースト制度では、バラモンを頂点とし、王族、平民、奴隷の4階級が存在し、さらにその下に、輪廻転生できないとされるアウトカースト（賤民）が位置づけられています。この社会構造に対して、釈迦は全ての人が輪廻転生できると説き、仏教徒の中に賤民とされる人々が多いという現象を生みました。また、インドでは、キリスト教や神道など、異教徒に対する差別も根強く存在します。

中国における賤民

古代中国では、奴婢（奴隷）が社会の労働力の中核を担っていました。唐代には、これらの奴婢が国家制度に取り込まれ、賤民として法的に位置づけられました。唐の律令では、人民を良民と賤民に分け、賤民は多くの制限を受けました。賤民は、奴婢とその他の者に分けられ、官が所有する者と個人が所有する者がいました。良民との結婚が禁止されるなど、法律上も特別な扱いを受けていました。

朝鮮における賤民

朝鮮では、僧侶、官吏、妓生、奴婢、白丁などが賤民とされました。中でも白丁は最下層に位置づけられていました。李氏朝鮮では、仏教の僧侶も賤民とされ、都では寺を建てることすら許されませんでした。また、賤民の中には、過去に権力を持っていた地方豪族の子孫も含まれていました。奴婢と白丁の間にも大きな差があり、奴婢は一般の村に住み、良民と結婚できたのに対し、白丁は一般の村に住むことも、良民と結婚することも許されませんでした。

まとめ

賤民とは、世界各地の歴史に見られる、差別的な身分制度によって社会的に低い地位に置かれた人々のことです。その起源や背景は様々ですが、自己と異なるものに対する警戒感や差別意識が根底に存在しています。それぞれの社会で異なる歴史を持つ賤民ですが、その存在は、社会構造や差別の問題を考える上で重要な視点を与えてくれます。

関連項目

不可触民
奴婢
奴隷
奴隷制
良賤法
下人
穢多
非人

外部リンク

石井研堂「新平民の始」『明治事物起源』橋南堂、1908年。（国会図書館・近代デジタルライブラリー）
阿川太良編『山口職人七十一番歌合』庚寅新誌社、1892年。（国会図書館・近代デジタルライブラリー）
松川半山『童蒙画引単語篇』1874年。（国会図書館・近代デジタルライブラリー）
「中国の身分制度「賤民」について知りたい」（岡山県立図書館） - レファレンス協同データベース

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