高等農林学校

旧制高等農林学校は、かつて日本の高等教育を担った機関の一つで、農業、林学、さらには蚕糸や園芸といった分野を専門としていました。第二次世界大戦後の学制改革まで存続した旧制専門学校（実業専門学校）の一種であり、「高農」（こうのう）と略称されることもあります。

この項目では、厳密な意味での高等農林学校に加え、高等蚕糸学校（高蚕）、高等園芸学校（高園）、そして1940年代以降に設立された農林専門学校や農業専門学校（農専）といった関連機関も含めて、広義の「高等農林学校」として記述します。

歴史

前史

明治時代初期、日本政府は近代化政策の一環として、西洋農法の導入を推進しました。これにより、札幌農学校（1876年）と駒場農学校（1878年）が設立されます。札幌農学校はアメリカ式の開拓型大規模農業を標榜し開拓使（後に北海道庁）の管轄下に置かれたのに対し、駒場農学校はドイツ式の小農経営を志向し内務省（後に農商務省）管轄下という違いがありました。

一方、民間の農業指導者である篤農家たちは、経験を共有し技術向上を図る農談会などを通じて、1881年には大日本農會を結成しました。駒場農学校は、東京山林学校（1882年）と統合され東京農林学校（1886年）となり、さらに1890年には帝国大学に編入されて同農科大学となりました。これは後の東京大学農学部の源流にあたります。この頃から、農業教育機関の管轄が農商務省から文部省へと移る傾向が強まります。札幌農学校も1895年に文部省へ移管され、東北帝国大学農科大学（1907年）、北海道帝国大学農学部（1918年）へと発展しました。また、大日本農會は、独立した東京農学校の経営を引き継ぎ、これを附属東京高等農学校（1901年）としました。

高農の成立と拡充

20世紀に入った時点では、農学系の独立した高等教育機関は、官立の札幌農学校と私立の東京農学校（大日本農會附属）の二校が中心でした。しかし、1902年の盛岡高等農林学校設立を皮切りに、1903年制定の専門学校令に基づく文部省所管の官立学校が次々と設立されます。1908年には鹿児島高農、1910年から1914年にかけては上田・東京・京都の三つの高等蚕糸学校が設立されました。

第一次世界大戦後には、高等教育機関の拡充政策のもと、鳥取・三重・宇都宮・岐阜・宮崎の官立五高農が1920年代前半に設置されます。さらに1929年には、千葉県立園芸学校が国に移管され千葉高等園芸学校となりました。この時期、同じ実業専門学校である高等商業学校や高等工業学校が複数校で大学昇格を果たしたのに対し、高等農林学校で単科大学に昇格できたのは、私立の東京高等農学校が東京農業大学となった一校のみでした。

高等商業学校や高等工業学校と比較して、高等農林学校の設置要望は相対的に低く、文部省は農業教育全体においても中等教育以下をより重視する傾向にありました。高等農林学校が軽視された背景には、当時の産業構造における農業の地位低下や、研究中心の教育が現場の農業経営に直結しないといった批判があったとされます。実際、入学者には中学校出身者が多く、卒業生の多くは農業現場ではなく、農業指導や奨励にあたる官公吏の道を選んでいました（千葉高等園芸学校を除く）。

戦時期の再編・拡充

1930年代以降、満蒙開拓移民などの国策に関連し、高等農林学校でも海外移住に向けた教育訓練が進められます。1933年には盛岡、三重、宮崎の三高農に拓殖訓練所が付設され、満蒙方面や南米への農業移民指導者・技術者の育成が行われました。正規学科としては、東京帝国大学から独立した東京高等農林学校（1935年）に拓殖学科が設置され、中国大陸での農業指導者の養成が計画されました。

1937年には、中等教育の農業教員を養成するため、東京帝国大学から独立して東京農業教育専門学校が設立されました。日中戦争が始まると、軍馬需要の増加に伴い獣医師の必要性が高まり、1938年から1939年にかけて多くの高等農林学校に獣医学科が新設または増設されました。また、獣医学専門の学校として帯広高等獣医学校（1941年）が設置され、慶應義塾も獣医畜産学科を設けて慶應義塾獣医畜産専門学校を設立しました。

第二次世界大戦中の1944年、高等農林学校は農林専門学校、高等蚕糸学校は繊維専門学校と名称を変更しました（千葉高等園芸学校は農業専門学校）。この年から戦後の1947年にかけ、食糧増産を目的に官公立の農林専門学校・農業専門学校が各地に新設され、学校数は倍増しました。これらの新設校の多くは、既存の実業学校（農林学校など）に併設される形をとりました。戦時下の高等農林学校（専門学校）の拡充は、学校自体の新設よりも学科の新増設・再編が中心であり、学校数が大きく増えたのはむしろ終戦後のことです。

新制大学への移行

戦時中に増加した旧制農林専門学校・繊維専門学校の多くは、高等工業専門学校や医学専門学校と同様、学制改革において単独で大学に昇格することはありませんでした。「一県一国立大」という原則の下、多くの官立校や一部の公立校は、新制国立大学に統合され、農学部や繊維学部、園芸学部などとなりました。

公立校では、京都府立と大阪府立の農専が公立総合大学に統合されました。一方、静岡、島根、香川、愛媛の四つの公立農専は県立農科大学として単独昇格を果たし、さらに新制大学として兵庫県立農科大学も設置されました。しかし、国による県立大学整理の方針により、これらの公立単科農科大学は1960年代半ばまでに国立総合大学に統合され、農学部等に改組されました。滋賀県には、農業講習所を改組した県立農業短期大学が設置されました。

その一方で、慶應義塾獣医畜産専門学校や福岡市立農業専門学校のように、大学や短期大学への昇格を断念し、校地や施設を新制高等学校に転用した例もありました。

主要な高等農林学校等（一部抜粋）

以下に主要な高等農林学校および関連校の一部を示します。

官立校
盛岡高等農林学校（現岩手大学農学部）
鹿児島高等農林学校（現鹿児島大学農学部）
上田蚕糸専門学校（現信州大学繊維学部）
東京高等蚕糸学校（現東京農工大学工学部）
鳥取高等農業学校 → 鳥取高等農林学校（現鳥取大学農学部）
三重高等農林学校（現三重大学生物資源学部）
宇都宮高等農林学校（現宇都宮大学農学部）
岐阜高等農林学校（現岐阜大学応用生物科学部）
宮崎高等農林学校（現宮崎大学農学部）
千葉高等園芸学校（現千葉大学園芸学部）
東京高等農林学校（現東京農工大学農学部）
東京農業教育専門学校（現筑波大学生物資源学類）
帯広高等獣医学校 → 帯広獣医畜産専門学校 → 帯広農業専門学校（現帯広畜産大学畜産学部）

公立校
京都府立高等農林学校（現京都府立大学生命環境学部）
大阪府立大阪農業専門学校（現大阪公立大学農学部）
愛媛県立農林専門学校 → 愛媛県立松山農科大学（現愛媛大学農学部）
長野県立農林専門学校（現信州大学農学部）
新潟県立農林専門学校（現新潟大学農学部）
岡山県立岡山農業専門学校（現岡山大学農学部）
山形県立農林専門学校（現山形大学農学部）
静岡県立静岡農林専門学校 → 静岡県立静岡農科大学（現静岡大学農学部）
島根県立農林専門学校 → 島根県立島根農科大学（現島根大学生物資源科学部）
香川県立農業専門学校 → 香川県立農科大学（現香川大学農学部）

私立校
東京農業大学専門部（現東京農業大学）
日本大学専門部拓殖科（現日本大学生物資源科学部）
明治農業専門学校（現明治大学農学部）
恵泉女子農芸専門学校（現恵泉女学園大学）
大和農芸女子専門学校（現聖セシリア女子短期大学）
農民講道館農業専門学校（廃校）
群馬農林専門学校（廃止）
淑徳女子農芸専門学校（現淑徳大学短期大学部）
慶應義塾獣医畜産専門学校（廃止）

旧外地の学校
台湾総督府高等農林学校 → 台北高等農林学校（現台湾大学農学院など）
台中高等農林学校（現国立中興大学農学院）
水原高等農林学校（現ソウル大学校農業科学生命大学）
大邱農業専門学校（現慶北大学校農業科学生命大学）

その他
霞ヶ浦農科大学 → 茨城県立農科大学（現茨城大学農学部）
兵庫県立農科大学（現神戸大学農学部）
滋賀県立農業短期大学（現滋賀県立大学環境科学部）

（注：主要校リストは網羅的なものではありません。）

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