黄巣の乱

黄巣の乱は、中国の唐王朝末期の874年に発生した大規模な農民反乱です。この反乱は、政治の腐敗と自然災害が重なり、社会不安が極度に高まった状況下で勃発しました。

乱の背景

859年の裘甫の乱や868年の龐勛の乱など、唐王朝末期には各地で反乱が頻発していました。これらの反乱の最大規模かつ最終的な爆発となったのが、黄巣の乱です。870年頃から唐では、干ばつや蝗害などの天災が相次ぎ、農民の生活は困窮を極めていました。特に長安と洛陽を結ぶ地域から東の海に至る広範囲で干ばつが深刻化し、麦の収穫は半減、人々はヨモギやエンジュの葉を食べて飢えをしのぐ有様でした。通常であれば他の地域に移住するところですが、広範囲で飢饉が発生していたため、逃げ場がありませんでした。しかし、政府はこれらの窮民を救済しようとせず、実情を上層部に報告することすら怠りました。これは、飢饉による人口減少が、担当官の査定に影響することを恐れたためでした。さらに、反乱勃発後の875年には、干ばつ地域に蝗害が発生し、緑のものを食い尽くしました。この被害は首都長安周辺にも及びましたが、長安周辺を担当する京兆尹は、時の皇帝である僖宗に対し「蝗は穀物を食べず、イバラを抱いて死んだ」という虚偽の報告を行いました。

このような状況下で、874年、濮州の元塩の密売人であった王仙芝が滑州で挙兵し、同じく曹州の塩の密売人であった黄巣がこれに呼応しました。この地域は、天災の被害が特に深刻であった地域であり、龐勛の乱の残党も活動していました。王仙芝と黄巣の挙兵時の規模は数千人程度でしたが、困窮した農民や盗賊を吸収し、瞬く間に大規模な反乱へと発展しました。

乱の前期

反乱軍は特定の拠点を持たず、山東・河南・安徽を略奪しながら移動を繰り返しました。反乱軍は、藩鎮軍の攻撃を受けながらも、根拠地を持たないため、手薄な場所へ逃れることで勢力を維持しました。このような略奪を繰り返す集団は「流賊」と呼ばれました。唐政府は、王仙芝を禁軍の下級将校に任命することで懐柔しようとしましたが、黄巣には何も提案しませんでした。このため、黄巣は強く反発し、王仙芝と袂を分かつことになりました。878年、王仙芝は唐軍に敗れて戦死しましたが、残党を吸収した黄巣軍は江南へと進撃し、両浙・福建を経て、879年に広州を占拠しました。

広州は当時の唐の海外貿易の中心地であり、多くのアラビア商人（大食）が居住していました。広州入城直前、黄巣は唐政府に対して、自分の故郷である濮州・曹州・鄆州を管轄する天平軍節度使と、広州を管轄する嶺南節度使の職を要求しました。しかし、唐政府はこれを拒否し、代わりに東宮の警備師団長の職を提示しました。この返答に激怒した黄巣は、広州を徹底的に略奪・破壊しました。イスラム側の記録によると、イスラム教徒、ユダヤ教徒、キリスト教徒など合わせて12万人が虐殺されたとされています。この被害により、広州は貿易港としての機能を失い、回復までに数十年を要しました。

乱の後期

南方の気候に慣れない黄巣軍では病人が続出し、黄巣は北へ帰還することを決意しました。広州から西江を遡って桂州に到達し、そこから北上して長江を渡りましたが、現地の藩鎮軍に大敗を喫し、再び長江を南に渡って東へと進路を変えました。東へ進む間にも藩鎮軍の攻撃を受け、何度も敗北し、軍内の病人も増加していました。この時期、黄巣は唐に降伏することさえ考えていたようです。

しかし、苦難の末、880年に官軍の虚を突いて采石（現在の南京市上流）で長江を渡り、洛陽南の汝州に入りました。ここで黄巣は自ら天補平均大将軍を名乗り、同年の秋には洛陽を陥落させました。さらに西進を続け、長安の東の要衝である潼関を突破し、その5日後には長安を占領しました。唐の皇帝・僖宗は成都に避難しました。

黄巣は長安で皇帝に即位し、国号を大斉と定め、元号を金統と改めました。長安入城後、黄巣軍は貧民には施しを行いましたが、官吏や富豪に対しては略奪を働き、黄巣自身も制御できないほどでした。唐の三品以上の高官は追放しましたが、四品以下の官僚はそのまま職務に残しました。これは、貧民や盗賊出身の黄巣軍の兵士には官僚としての仕事ができなかったため、唐の官僚を採用せざるを得なかったためです。

その後、黄巣軍は深刻な食糧問題に直面しました。長安は食糧事情が悪く、江南からの輸送に頼っていましたが、長安を拠点としたことで、かつてのように機動的な活動ができなくなりました。そのため、他の藩鎮勢力によって包囲され、食料の供給が困難になりました。長安周辺では過酷な収奪が行われ、穀物価格は普段の1000倍となり、食人行為が横行しました。このような状況の中、882年に黄巣軍の同州防御使であった朱温（後の朱全忠）が黄巣軍を見限り、官軍に投降しました。さらに、突厥沙陀族出身の李克用が大軍を率いて黄巣討伐に参戦しました。

883年、黄巣軍は李克用軍を中核とする唐軍に大敗し、維持することが困難になった長安から撤退して河南に入りましたが、ここで李克用の追撃を受け、再び大敗しました。黄巣軍は壊滅し、黄巣は泰山の狼虎谷で甥に首を打たれて果てました。884年6月のことで、10年にわたる黄巣の乱は終結しました。

乱の後

翌885年、僖宗は成都から長安に戻りましたが、各地の藩鎮勢力は唐から自立し、独自の軍閥勢力となっており、唐は長安周辺を維持するだけの一地方政権へと堕落しました。その後、朱全忠や李克用ら藩鎮勢力が争う時代となり、乱終結から約20年後の907年に朱全忠によって唐は滅亡しました。

黄巣の乱は、唐王朝の衰退を決定づけ、その後の五代十国時代の幕開けとなる、重要な出来事でした。

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