黄櫨染御袍

黄櫨染御袍（こうろぜんのごほう）

黄櫨染御袍は、平安時代以降の日本において、天皇が即位礼や重要な儀式の際に着用する特別な束帯装束です。天皇のみが着用を許される禁色である黄櫨染（こうろぜん/はじぞめ）で染められた袍であり、その色合いは独特の美しさを持ちます。

黄櫨染の色

黄櫨染は、櫨（はぜ）の樹皮と蘇芳（すおう）という植物を染料として用い、染め上げられる色です。「赤みがかった黄色」または「黄がかった茶色」と表現されることが多いですが、時代や天皇の年齢によって色調に幅があったとされています。2019年の即位礼正殿の儀では、海外メディアによってbrown-goldと評されました。

歴史と由来

隋・唐の影響

黄櫨染が天皇の衣の色として定められた背景には、弘仁・貞観文化において盛んであった唐文化の受容があります。中国の隋の時代には、皇帝や高位の臣下が黄文綾袍（こうもんりょうほう）を着用しており、一般の役人や庶民も黄色の袍を着用していました。

『唐六典』には、隋の文帝が柘黄（しゃおう）の袍を制定し、朝廷に出仕する際の服としたことが記されています。ただし、中国における柘（しゃ）は、日本の柘植（つげ）とは異なる植物であり、染色の素材も異なっていたと考えられます。

唐代初期には、隋の制度を踏襲し、皇帝の常服として黄色の袍が用いられました。その後、赭黄（しゃおう）が用いられるようになり、庶民が赭黄を衣服に用いることは禁止されました。皇帝の常服は「赤黄袍衫」と定められましたが、庶民が赭黄以外の黄色を用いることは禁じられていませんでした。

唐代の赭黄袍は現存しておらず、実際の色味は不明ですが、閻立本の『歩輦図』に描かれた唐太宗が着用している袍は、黄土色または茶色に近いとされています。

日本

奈良時代

奈良時代の『養老律令』には、皇太子以下の礼服に関する規定はありましたが、天皇の服装に関する詳細は不明でした。天皇の礼服（袞衣）は、白絹の袷（あわせ）の袍であったことが記録されています。

平安時代

黄櫨染の御袍が天皇の服として明確に定められたのは、弘仁11年（820年）のことです。嵯峨天皇は、朔日や聴政などの際に天皇が着用する服を「黄櫨染衣（こうろぜんきぬ）」と定めました。同時に、神事には帛衣、元日の朝賀には袞冕十二章を着用することとしました。

当時の黄櫨染衣は、まだ束帯ではなく、奈良時代以来の朝服の様式であったと考えられています。嵯峨天皇が定めた黄櫨染は、太陽の色を象徴するものという説があり、天皇以外には着用できない禁色となりました。

平安時代後期には、天皇の束帯は黄櫨染束帯、青色束帯、赤色束帯、白束帯の4種類に分かれるようになり、黄櫨染束帯は多くの公事で用いられました。

鎌倉・室町時代

室町時代の『装束雑事抄（上）』には、黄櫨染の色が黄色に青黒い色彩を帯びていたとする記述があります。現存する最古の黄櫨染御袍は、後奈良天皇が広隆寺に下賜したものであり、「青味がかった黄色」をしています。

江戸時代

江戸時代初期には、黄櫨染御袍が一時的に断絶していたとする説もありますが、後水尾天皇の即位に際して黄櫨染の袍が調進されています。京都御所の東山御文庫には、桜町天皇が注を付した『黄櫨染御袍等御裂帖』が伝わっており、歴代天皇の黄櫨染御袍の裂地が貼付されています。

近代

明治天皇即位の時に袞衣が廃止されて以降は、「即位礼紫宸殿の儀」を含む即位式にも使用され、宮中三殿で行われる恒例の皇室祭祀のほとんどに使用されることとなりました。現代においても、即位礼正殿の儀や立太子礼、宮中祭祀の四方拝などで着用されています。

製法

染色

『延喜式』によれば、黄櫨染の染色には、櫨の樹皮と蘇芳の芯材が用いられます。黄櫨染は非常に難易度の高い染色であり、安定して同じ色を出すことは不可能とも言われています。また、着用者の年齢によっても仕上がりを変えたと言われています。

文様

初期の文様は、桐、竹、鳳凰からなる「桐竹鳳凰文」で、袍の全面に散らす「総文」形式でした。現存最古の後奈良天皇奉納の御袍は、桐竹鳳凰麒麟の長方形の筥形文となっています。現在の天皇が着用する黄櫨染御袍も、桐竹鳳凰麒麟の筥形文です。

裏地

黄櫨染の袍の裏地には、紫などが用いられました。近世の慣習では、山科流は二藍の平絹、高倉流は蘇芳の平絹としました。

広隆寺上宮王院聖徳太子像

広隆寺の聖徳太子像には、歴代天皇より黄櫨染の袍が寄贈され、着せられています。現在は、上皇明仁の即位の礼に際して調進された御袍と同じ染織技法で製作された黄櫨染の袍が着せられています。

黄櫨染御袍は、日本の天皇の象徴として、その歴史と伝統を受け継いでいます。

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