黒岩比佐子

黒岩比佐子（くろいわひさこ、本名：清水比佐子）は、1958年 5月1日に東京都で生まれた日本のノンフィクション作家である。明治期を中心とした日本の文化や社会史に深い洞察を示し、歴史上の人物の生涯や業績に関する緻密な調査に基づく著作を数多く発表した。その功績は高く評価され、複数の権威ある賞を受賞している。

生涯とキャリア

黒岩比佐子は東京都立立川高等学校を経て、慶應義塾大学文学部に入学し、国文学を専攻した。大学では武藤康史氏と同じゼミに所属していた。1981年に大学を卒業後、株式会社ユー・ピー・ユーに入社し、採用広報の仕事に携わった。この会社員時代には、後に作家として知られる田口ランディ氏や、教育者となる田柳恵美子氏（現公立はこだて未来大学教授）らが同僚として在籍していた。その後、会社を離れて独立し、フリーランスのライターおよび編集者として活動を開始した。

業績と研究対象

フリーランスとして活動を開始して以降、黒岩比佐子は日本の近現代史、特に明治期に焦点を当てたノンフィクション作品を精力的に執筆した。その研究対象は多岐にわたり、食文化研究家の村井弦斎や作家・編集者の国木田独歩、社会運動家の堺利彦といった歴史上の重要人物の評伝を中心に、当時の社会現象や文化、技術にも光を当てた。

特に村井弦斎については、火坂雅志氏と共にその研究における第一人者と目されており、弦斎の代表作である小説『食道楽』が岩波文庫に収められた際には、詳細かつ読み応えのある解説を執筆した。村井弦斎の生涯を追った『「食道楽」の人村井弦斎』は、その代表的な著作の一つである。

また、多才な作家である一方、有能な編集者でもあった国木田独歩の知られざる側面に迫った『編集者国木田独歩の時代』や、明治から大正にかけて社会主義運動を牽引し、言論活動の拠点として「売文社」を設立した堺利彦とその仲間たちの闘いを描いた『パンとペン社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い』なども、歴史に埋もれがちな事実を掘り起こし、人物像を鮮やかに描き出した作品として評価が高い。

これらの主要な人物評伝に加え、ろうあの写真家・井上孝治の生涯を綴った『音のない記憶』、情報伝達の歴史における伝書鳩の役割を探った『伝書鳩もうひとつのIT』、日露戦争後の社会の変化を考察した『日露戦争勝利のあとの誤算』など、そのテーマは幅広い。また、食文化史にも関心を示し、『食育のススメ』や『歴史のかげにグルメあり』といった著作も発表している。

受賞と評価

黒岩比佐子の著作は、その綿密な調査と独自の視点が評価され、数々の賞を受賞した。

2004年：『「食道楽」の人村井弦斎』により、第25回サントリー学芸賞（社会・風俗部門）を受賞。
2008年：『編集者国木田独歩の時代』により、第20回角川財団学芸賞を受賞。
2011年：没後、堺利彦を扱った『パンとペン社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い』により、第62回読売文学賞（評論・伝記部門）を受賞した。

特に読売文学賞の受賞は、52歳で急逝した後のことであり、その早すぎる死が惜しまれる中で、改めてその文学的功績の大きさが示される形となった。

人物像

黒岩比佐子は、明治期の古書をこよなく愛する人物としても知られていた。古書展に足繁く通い、そこで入手した貴重な資料は、彼女の著作執筆における重要な基盤となった。自身のブログ「古書の森日記 by Hisako」では、古書との出会いや、そこから得られる発見について生き生きと綴っていた。

また、学生時代にはスポーツでも顕著な活躍をしている。中学時代から軟式テニス（ソフトテニス）に取り組み、高校時代には軟式テニス部の部長を務めた。慶應義塾大学在学時には、東京六大学ソフトテニス連盟選手権大会の女子ダブルス部門において、第1回大会（1978年）から3年連続で慶應大学代表として優勝を飾るなど、文武両道に秀でた人物であった。

死去

2010年 11月17日、すい臓がんのため、東京都中央区の病院で死去した。享年52歳。

没後の2011年9月3日から11月6日にかけては、北海道の小樽文学館で追悼展「黒岩比佐子展」が開催され、その業績を偲んだ。

主な著作

単著

『音のない記憶ろうあの天才写真家井上孝治の生涯』文藝春秋、1999年
『伝書鳩もうひとつのIT』文春新書、2000年
『「食道楽」の人村井弦斎』岩波書店、2004年
『日露戦争勝利のあとの誤算』文春新書、2005年
『編集者国木田独歩の時代』角川選書、2007年
『食育のススメ』文春新書、2007年
『歴史のかげにグルメあり』文春新書、2008年
『明治のお嬢さま』角川選書、2008年
『古書の森逍遥明治・大正・昭和の愛しき雑書たち』工作舎、2010年
『パンとペン社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い』講談社、2010年
『忘れえぬ声を聴く』幻戯書房、2014年

共著

『津村重光の本ある団塊世代半世紀の軌跡』（津村重光共著,芥川仁編・写真）鉱脈社、2002年
『戦争絶滅へ、人間復活へ九三歳・ジャーナリストの発言』（むのたけじ著,聞き手:黒岩比佐子）岩波新書、2008年

（注：文庫化、新装版などは上記リストでは省略しています）

もう一度検索