1998年の文学

1998年の文学界

1998年（平成10年）の文学界は、注目の文学賞における異例の事態、国民的なベストセラーの誕生、過去の文豪に関する話題、そして数多くの重要な文学者・文化人の逝去など、多岐にわたる動きが見られた年でした。

主な出来事

年初には、第1回司馬遼太郎賞（1997年度）が創設され、作家・ジャーナリストである立花隆がその栄誉に輝きました。

文学界の大きな注目を集める芥川龍之介賞と直木三十五賞においては、第118回（1997年下半期）の選考会で、両賞ともに受賞作品なしという珍しい結果となりました。これは芥川賞・直木賞の長い歴史の中でも比較的稀な出来事であり、当時の文壇に少なからぬ波紋を投げかけました。

三島由紀夫に関する話題もいくつかありました。作家の福島次郎が上梓した実名小説『三島由紀夫――剣と寒紅』には、三島の著作権継承者である冨田紀子氏と平岡威一郎氏が、書簡の無断転載が著作権侵害にあたるとして東京地方裁判所に提訴しました。その結果、3月30日には文藝春秋社と福島氏に対し、同書の出版差し止めと回収を命じる判決が下されました。

秋には、乙武洋匡氏の著書『五体不満足』が講談社より刊行され、たちまち社会現象を巻き起こす大ベストセラーとなりました。翌1999年には年間ベストセラー総合1位を記録し、多くの読者に感動と勇気を与えました。

また、三島由紀夫が文芸評論家・東文彦氏に宛てた書簡28通が東家に保管されていることが判明し、東京新聞で報じられました。これらの書簡は、その年の雑誌『新潮』12月号に全文が掲載され、三島研究において新たな資料が加わることとなりました。

文学賞の動向

前述の通り、第118回（1997年下半期）の芥川賞・直木賞は該当作なしに終わりましたが、続く第119回（1998年上半期）では、芥川賞に藤沢周氏の『ブエノスアイレス午前零時』と花村萬月氏の『ゲルマニウムの夜』の2作、直木賞には車谷長吉氏の『赤目四十八瀧心中未遂』がそれぞれ選ばれました。

その他の主要な文学賞では、第34回谷崎潤一郎賞を津島佑子氏の『火の山―山猿記』が、第26回泉鏡花文学賞を田辺聖子氏の『道頓堀の雨に別れて以来なり──川柳作家・岸本水府とその時代』が受賞しました。

1998年に刊行された注目作品

この年には、多くの作家から様々なジャンルの作品が発表されました。小説では、小川洋子氏の『凍りついた香り』、小池真理子氏の『律子慕情』、重松清氏の『定年ゴジラ』、宮部みゆき氏の『理由』、梁石日氏の『血と骨』などが刊行され、読者の関心を集めました。また、津島佑子氏の谷崎潤一郎賞受賞作『火の山―山猿記』もこの年の出版です。

小説以外の分野では、社会現象となった乙武洋匡氏の『五体不満足』をはじめ、鶴見俊輔氏の『隣人記』、半藤一利氏の『ノモンハンの夏』、渡辺京二氏の『逝きし世の面影』といった話題作や、村上春樹氏のエッセイ集『約束された場所で』、『夢のサーフシティー』なども出版されました。また、三島由紀夫がドナルド・キーン氏に宛てた未発表書簡集も刊行され、大きな反響を呼びました。

文学界を去った人々

1998年には、国内外で多くの著名な作家や文化人が亡くなりました。

日本では、国民的漫画家である石ノ森章太郎氏（享年60）、高名な国文学者の清水文雄氏（享年94）、評論家・紙芝居作家の加太こうじ氏（享年80）、イタリア文学者で随筆家の須賀敦子氏（享年69）、翻訳家の小野寺百合子氏（享年91）、戦後日本文学を代表する詩人・翻訳家の田村隆一氏（享年75）、『婦人民主クラブ』創立者の一人でもある小説家の佐多稲子氏（享年94）らが逝去されました。

海外では、ノーベル文学賞受賞者であるアイスランドの作家ハルドル・ラクスネス氏（享年95）、メキシコの詩人・批評家オクタビオ・パス氏（享年84）、フランスの哲学者ジャン＝フランソワ・リオタール氏（享年73）、イギリスの小説家エリック・アンブラー氏（享年89）などがこの世を去り、それぞれの分野に大きな足跡を残しました。

1998年は、文学賞の選考におけるドラマ、社会現象を起こした一冊の本、そして多くの才能との別れが交錯する、記憶に残る一年と言えるでしょう。

もう一度検索