ATRAC

ATRACとは

ATRAC（Adaptive TRansform Acoustic Coding）は、ソニーが開発したオーディオ圧縮技術の総称であり、非可逆圧縮と可逆圧縮の両方を含みます。この技術は、ミニディスク（MD）をはじめとする様々なソニー製品、また他社の家電製品にも採用されてきました。特にMDでは、「CDと同等の記録時間」「コンパクトカセット以上の高音質」「コスト効率」「編集やランダムアクセスの容易さ」を重視して開発されました。

ATRACの呼称と種類

ATRACには、初期のATRAC（便宜的にATRAC1と呼ばれる）、ATRAC2、ATRAC3、ATRAC3plus、そして可逆圧縮のATRAC Advanced Lossless（AAL）が存在します。これらはまとめて「ATRAC系コーデック」と呼ばれることが多いですが、互換性はありません。名称の末尾の数字はバージョンではなく、ATRAC3はATRACの最新版ではない点に注意が必要です。2005年以降、ソニーはこれらの総称として「ATRAC」を使用し、規格の混乱を収束させようとしています。

ATRAC(1)

最初のATRACでは、QMF（Quadrature Mirror Filters）とMDCT（変形離散コサイン変換）を使用しています。エンコード過程では、まずQMFで3つの帯域に分割され、それぞれの帯域でMDCTが行われます。MDCTの回数は帯域によって異なり、高音域では1回または8回、低・中音域では1回または4回です。ATRACはLSIの進歩に伴い、Ver.1からTYPE-Rまでバージョンアップを重ねました。

ミニディスクでの利用

ATRACはMDの規格で採用され、ステレオ（通常292kbps）とモノラル（通常146kbps）の2つのモードがありました。初期のATRAC Ver.1はビットレートが低く音質が悪かったため、普及に悪影響を与えました。しかし、各バージョン間には互換性があり、初期のMD機器でもTYPE-RでエンコードされたMDを再生できます。ATRACはデータ用MDでも音声記録に使われることがあります。

SDDSでの利用

映画音響システムのSDDS（Sony Dynamic Digital Sound）にもATRACが採用されました。5.1chまたは7.1chで最大1280kbpsのビットレートを持ち、音質は高い評価を受けましたが、設備コストが課題で普及は限定的でした。

ATRAC2

ATRAC2は、MDデータ版の標準音声フォーマットとして1994年に発表されました。オリジナルATRACよりもTwinVQやAACに近い技術とされ、最大4chの録音が可能で、ビットレートは1チャンネルあたり36.5kbpsまたは73kbpsでした。主に演奏録音でステレオ録音しかできない通常のMDの代わりに利用されました。

ATRAC3 / ATRAC3plus

ATRAC3はATRAC2をベースに1999年に開発され、帯域を4分割してエンコードを行います。ビットレートは通常132kbps、105kbps、66kbpsの3種類で、66kbpsはJoint Stereoでビットレートの不足を補います。
ATRAC3plusはATRAC3をベースに2002年に開発され、帯域を16分割して分析精度を高め、圧縮率を向上させました。ATRAC3とは互換性はありませんが、セットで採用されることが多いです。ATRAC3plusは当初、低音質・高圧縮の用途がメインでしたが、後に高音質モードも追加され、ATRAC3を置き換える形になりました。

PC上での利用

ATRAC3とATRAC3plusはPC上でファイルとして利用されることが多く、ソニーの「OpenMG Jukebox」が初めて対応したソフトウェアです。CDリッピングや他のファイル形式からの変換、ウォークマンへの転送機能が提供されました。これらの機能は後のSonicStageやCONNECT Player、x-アプリにも引き継がれ、他社からも対応ソフトウェアがリリースされました。
ATRAC3の拡張子は「aa3」ですが、「oma」が使われることが多いです。「omg」は初期のOpenMGで使われていましたが、現在は非対応です。ギャップレス再生は擬似的に対応しており、カット編集も可能です。

メモリースティック規格での利用

ATRAC3を採用した最初の携帯音楽プレーヤーは、1999年末に発売されたメモリースティックウォークマン「NW-MS7」です。ATRAC3/ATRAC3plusはメモリースティックオーディオとして規格化されており、原則として他の機器でも再生可能ですが、メモリースティックのタイプやATRAC3plusの登場時期により、互換性に一部問題があります。ウォークマン以外の機器でも、CLIE、PSP、一部の携帯電話などで再生が可能です。

ミニディスク拡張規格での利用

MDでは2000年からMDLPでATRAC3が採用され、Net MDではMDとPC間のデータ転送が可能になりました。Hi-MDではATRAC3とATRAC3plusの複数のモードが追加され、より多様な録音が可能になりました。

その他の機器における利用

ネットワークウォークマンはすべてATRAC3に対応し、一部の機種はATRAC3plusにも対応しています。また、CDウォークマンでもATRAC CDを再生できる機種があります。その他、VAIO、NETJUKE、PlayStation PortableなどでもATRACに対応しています。カーナビゲーションシステムでも、音楽再生機能にATRACを利用するメーカーがあります。

RealAudio 8 with ATRAC3

リアルネットワークスのRealAudioフォーマットでは、ATRAC3が採用されました。ビットレートは柔軟に設定でき、暗号化の有無も選択可能ですが、ソニー製ソフトウェアとの互換性はありませんでした。

ユニバーサル・メディア・ディスクでの利用

UMD VideoおよびUMD Audioの音声フォーマットとして採用されています。

かつて行われた音楽配信サービス

多くの音楽配信サービスでATRACが使用されていましたが、2013年1月に配信サービスは終了しました。moraが2012年9月にATRACでの配信を終了したことが大きな転換点でした。

サービス一覧

サービス終了した主な音楽配信サービスは以下です。

AnyMusic
mora
Kmusic
bitmusic
@MUSIC
ORICON STYLE
Victor Music Download
HMV DIGITAL
Yahoo! ミュージックダウンロード
レーベルゲートCD

レーベルゲートCD

レーベルゲートとソニー・ミュージックエンタテインメントが開発した「レーベルゲートCD」では、ATRAC3が採用されていました。インターネット認証を通じてPCで再生可能でしたが、後に認証なしで再生できる「レーベルゲートCD2」に置き換えられました。しかし、現在はすべて廃盤となっています。

その他

ATRAC対応の携帯電話はメモリースティックを採用することが多かったですが、一部ではminiSDカードやmicroSDカードで対応するものも登場しました。2007年、ソニーは北米および欧州市場でATRAC形式の音楽配信事業から撤退し、以後の携帯音楽プレーヤーはATRAC非対応となりました。しかし、日本市場では引き続きATRACが展開され、一部のウォークマンではD&D転送に対応しています。

ATRAC Advanced Lossless

ATRAC Advanced Lossless（AAL）は、ATRACで唯一の可逆圧縮技術で、ATRAC3またはATRAC3plusで非可逆圧縮されたデータと原音の差分を記録します。これにより、無損失での記録が可能になります。データ全体の転送と非可逆部分だけの転送を選択でき、高速な転送が可能です。
圧縮率は30～80%で、原音の内容や非可逆圧縮データの形式にも影響されます。AALはSonicStage Ver.3.3で初サポートされ、ウォークマンAシリーズやSシリーズなどで再生可能ですが、海外モデルやPSP、PS3では非対応です。
ソニーはAALでの音楽配信サービスも検討していましたが、ATRAC形式の配信サービス終了により実現しませんでした。また、サンプリング周波数がCD規格に固定されているため、ハイレゾ音源に対応できないことから、ソニーグループはFLACなどの可逆圧縮規格に移行しています。

他コーデック形式への変換

以前はATRACファイルを他の形式に変換することは困難でしたが、現在はSonicStage CPやx-アプリでWAVに変換できます。ソニーUSA配布のツールではMP3に変換できます。Media GoではATRACファイルを再生し、機器転送時にMP3やAACに変換できます。波形編集ソフト「Sound it!」やFFmpeg対応ソフトウェアでも相互変換が可能です。また、ソニー製オーディオプレーヤー「WALKMAN」の管理ソフト「Music Center for PC」では、ATRACデータのAAC/FLAC変換が可能です。

外部リンク

ATRAC
Sony ATRAC3 Audio Codec

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