NIPPON (グラフ誌)

NIPPON

『NIPPON』（にっぽん）は、株式会社日本工房によって編集・発行された日本のグラフ雑誌です。1934年（昭和9年）10月20日に創刊され、確認されている範囲では1944年（昭和19年）9月までに特別号『日本の手仕事』を含む計36冊が刊行されました。

沿革と特徴

創刊の背景には、当時繊維貿易摩擦を抱えていた鐘紡の出資がありました。発売元は丸善が担いました。創刊号と第2号の定価は1円50銭でしたが、その後1円80銭に値上げされました。判型は途中で変更があり、28号までは四六四倍判が用いられましたが、29号以降はA4判となりました。ページ数は号によって異なりますが、およそ50から60ページ程度で構成されていました。

本誌は元々海外向け季刊誌として企画され、当初は英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語の4カ国語で刊行されていましたが、後に英語、ドイツ語、フランス語の3カ国語が中心となり、英語とスペイン語のみで構成された号も存在します。しかし、国際情勢の変化に伴い使用言語も変遷し、1941年3月刊行の25号以降は英語のみの表記となり、太平洋戦争勃発後の1942年9月刊行の29号からは英語と日本語が併記される形となりました。これらとは別に、日本語版が2冊、年鑑形式の日本語版も2冊確認されています。

本誌の企画構想を主導したのは名取洋之助氏です。彼はワイマール期のドイツ・ウルシュタイン社での経験を生かし、グラフィカルな誌面構成を導入しました。日本を取り巻く国際情勢の悪化を背景に、写真、特にフォトモンタージュを積極的に活用し、日本を海外に紹介するグラフ雑誌として誕生したのです。

その品質は書体、印刷、造本、紙質に至るまで極めて高く、日本の印刷技術の優秀さを海外に示すことも目的の一つでした。実際に印刷を担った共同印刷は、当時高い技術力を持っていたことで知られています。写真やデザインを重視しつつも、国際的な視点からの記事も充実させることで、「海外にも誇れる日本初のグラフ雑誌」として企画・制作されました。

名取氏が活動の拠点を上海に移し始めた1938年頃まで、本誌の制作は実質的に彼が全面的に主導しました。誌面の構成やレイアウトから印刷の最終的な仕上がりまで、名取氏による細部にわたる指示が行われていたと言われています。

経営とプロパガンダへの変質

しかし、創刊当初は販売実績が振るわず、経営は困難を極めました。名取氏自身の個人資産や祖父からの遺産までが制作資金に充てられる状況でした。創刊当時から関係のあった国際文化振興会（KBS）からの資金援助や業務依頼を得ることで、発行継続の目途が立ちました。その一方で、単なる日本の文化紹介という枠を超え、次第に対外的なプロパガンダとしての色彩を強めていく要因にもなりました。

特に、1937年の盧溝橋事件以降、第二次上海事変を経て日中戦争が拡大していくにつれて、本誌は対外プロパガンダ誌としての性格を一層強めることになります。中でも、アメリカのグラフ雑誌『LIFE』の1937年10月4日号に掲載された一枚の写真が巻き起こした大きな反響は、日本の政府機関でも深刻に受け止められました。『LIFE』誌では以前から日本を批判的に扱う記事が見られましたが、10月4日号の写真の影響力は特に甚大でした。これにより、エレノア・ルーズベルト大統領夫人による日本製品不買運動が起こるなど、アメリカ国内で一気に対日強硬論が加速する事態を招き、写真を用いた宣伝戦略の重要性を改めて認識させる契機となりました。本誌編集長であった名取氏も、情報および宣伝の重要性を改めて深く認識したと言われます。

同時期に東方社が発行したグラフ雑誌『FRONT』と比較すると、本誌は視覚的な要素に加え、活字による記事も重視していた点が特徴と言えます。ちなみに、『LIFE』誌は本誌より後の1936年創刊であり、直接参考にされたわけではありませんが、『LIFE』の編集長であったクルト・コルフ氏も名取氏と同様にウルシュタイン社出身であり、同時期に勤務していたことから、両誌のグラフ誌制作に対する思想には共通する基盤があったと言えるでしょう。

関係者と関連情報

本誌の制作には、当時の主要な美術家や写真家が多数関わっています。

美術（グラフィックデザイン）: 山名文夫、河野鷹思、亀倉雄策、熊田五郎、高松甚二郎 など
写真: 土門拳、藤本四八、小柳次一、沼野謙、松田正志、森堯之、相沢敬一、梅本竹馬太、門奈次郎、長井秀雄、松下正夫 など
* ブレーン: 大宅壮一、伊奈信男、長谷川如是閑、古谷綱武、谷川徹三 など

また、日本工房には所属していないものの、中山岩太、野島康三、堀野正雄、渡辺義雄、小石清、岡田紅陽、岡本東洋、紅谷吉之助、福原信三、金丸重嶺、木村伊兵衛、菊池俊吉、安河内治一郎、光墨弘、塚本閤治、大橋青湖、松山虔三、吉田潤、山川益男、濱谷浩、光吉夏弥、杉山吉良といった著名な写真家たちの作品も掲載されました。

本誌に関する主要な展覧会としては、2006年2月から3月にかけて福島県立美術館で開催された『名取洋之助と日本工房展』があります。

参考文献として、白山眞理、堀宜雄 編『名取洋之助と日本工房 [1931-1945]』（岩波書店、2006年）や、国書刊行会から刊行された復刻版NIPPON（金子隆一監修、2002年・2005年、全3期）などが挙げられます。

本誌は、日本のグラフ雑誌史、報道写真史における重要な位置を占めています。

もう一度検索