トクト

トクト：激動の元朝を駆け抜けた権臣

トクト（脱脱、託克託とも表記）は、14世紀の元朝において、政治的策略と改革手腕を発揮した重要な人物です。メルキト部出身で、幼少期に伯父バヤンの養子となり、学問を修めました。若くして皇太子に仕え、その才能を認められて急速に昇進し、最終的には宰相として元朝の中枢を担うことになります。

政権掌握

15歳で皇太子アリギバの側近となり、その後、文宗トク・テムルに見出されて重用されました。数々の役職を歴任し、軍事面でも才能を発揮。1335年には中書左丞相テンギスの反乱を鎮圧する功績を挙げ、御史中丞・親軍都指揮使に任じられました。その後も順調に昇進を重ね、御史大夫にまで上り詰めました。しかし、養父バヤンの専横が目に余るようになったため、父マジャルタイや師の呉直方と相談し、カアンの恵宗トゴン・テムルと結託。1340年にクーデターを起こし、バヤンを追放して政権を掌握しました。

政治改革と文化事業

政権を掌握したトクトは、バヤンが廃止した科挙を復活させ、人材登用を促進しました。父マジャルタイを右丞相に据えましたが、実権は自身が握りました。1343年には、遼・金・宋の三史編纂事業の責任者となり、1344年に『金史』『遼史』を、1345年に『宋史』を完成させました。この事業は、元朝の文化的な功績として高く評価されています。

左遷と復帰

1344年、父マジャルタイが恵宗によって甘粛に追放されると、トクトも職を辞しました。黄河の大氾濫が発生した際、政変直後で朝廷の対応が遅れたことも、彼の辞職に影響を与えたと見られます。1347年に父が亡くなり、その冤罪が明らかになった後、1349年に再び呼び戻され、中書左丞相に返り咲きました。1350年には右丞相となり、政権を再び掌握しました。この際、新しい紙幣「至正交鈔」の発行や、賈魯による黄河の大改修を命じ、民心の回復に努めました。タルカンの称号を授けられ、「賢相」と称えられました。

紅巾の乱と失脚

しかし、黄河の改修工事は江南の民衆の不満を買い、白蓮教の韓山童による紅巾の乱を引き起こす要因となりました。トクトは鎮圧に奔走し、1352年には徐州を攻め落とし、その功績で太師に封じられました。しかし1354年、張士誠の討伐中に、皇太子アユルシリダラや奇皇后、寵臣ハマの讒言により弾劾され、失脚しました。淮安に身柄を移され、雲南への流刑中に、ハマによる恵宗の偽詔によって毒殺されました。トクトの失脚により、鎮圧軍は崩壊し、元朝は混乱の度を深めていくことになります。彼の死後、1362年にハマらが処刑され、名誉が回復されました。トクトは、元朝の激動期において、その卓越した政治手腕と改革への情熱を発揮しましたが、その最後は悲劇的なものでした。

トクトの生涯は、権力闘争、政治改革、そして内乱という、元朝末期の複雑な情勢を反映しており、その足跡は歴史に深く刻まれています。

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