春日若宮おん祭

春日若宮おん祭について

春日若宮おん祭は、奈良県奈良市の春日大社の摂社である若宮神社の例祭で、毎年12月17日を中心に数日間執り行われる大規模な祭礼です。この祭りは、1136年に藤原忠通によって始められたとされ、870年以上の長きにわたり、大和一国を挙げて盛大に開催されてきました。幾度かの延期や中止を経て、今日までその伝統が受け継がれています。特に、おん祭で奉納される猿楽（能）、雅楽、神楽、舞楽などの芸能は、中世以前の芸能を保存し、継承する上で重要な役割を果たしており、「春日若宮おん祭の神事芸能」として国の重要無形民俗文化財に指定されています。

祭りの概要

祭りは、若宮を迎える「遷幸の儀」から若宮を元の社殿へ送る「還幸の儀」まで、24時間以内に行われます。12月17日の午前零時に始まり、翌18日の午前零時までに終了します。この間、「遷幸の儀」と「還幸の儀」では、一切の照明が禁止され、写真や動画の撮影も禁じられています。これは、神聖な儀式を厳粛に行うための措置です。

由緒

春日若宮神は、1003年に出現したとされ、1135年には若宮を祀る別社が創建されました。その後、藤原忠通によって社殿が改築され、1136年には初めて若宮祭が執り行われ、以降、例祭として定着しました。若宮神主は、若宮一社のみを管轄する特別な職で、世襲制であったことも特徴です。

歴史

おん祭りの起源は、興福寺の僧侶たちが、朝廷による大和国の支配を阻止しようとした訴訟に端を発します。彼らは、この訴訟での勝利を願って祭りを始めたとされています。祭りの主要な行事の一つである流鏑馬は、当初、大和国内だけでなく、山城国や摂津国など、他国の武士も参加していましたが、13世紀後半には、大和士と呼ばれる地元の武士団が組織されるようになり、他国の武士は参加できなくなりました。室町時代には、大和四家と呼ばれる有力な国人たちが祭りを支えましたが、豊臣秀吉の天下統一により、大和武士は消滅し、祭りの運営は武家権力側に移りました。江戸時代には、奈良奉行所が祭りの差配を行い、祭りの費用を負担するようになりました。

近代から現代へ

明治時代に入ると、主催者であった興福寺が廃寺となり、奈良奉行所も消滅したため、おん祭りは春日大社の主催となりました。一時的に規模が縮小されましたが、民間からの寄付や信者組織の協力により復興し、明治33年からは奈良市の市祭となり、市の援助を受けるようになりました。その後、観光行事としての側面も強まり、第二次世界大戦中には戦時色が強まりましたが、戦後は規模が縮小されました。1946年には、GHQの指令により行政の援助が停止されましたが、地元の観光事業者の尽力により継続され、1979年には祭りの芸能が重要無形民俗文化財に指定され、春日若宮おん祭保存会が結成されました。

祭りの主な行事

大宿所祭

12月15日に行われる、大和士の身を清める祭りで、祭りの無事を祈ります。大宿所では、御湯立神事が行われ、名物ののっぺ汁が振る舞われます。

宵宮祭・宵宮詣

16日に行われる、祭りの無事を祈る行事です。大和士が若宮神社の神前に御幣を捧げます。

遷幸の儀

17日午前0時から始まる、若宮を本殿からお旅所へ遷す儀式です。暗闇の中、神職が若宮を厳かに運びます。この間、照明や撮影は禁止されています。

暁祭

遷幸の儀の後、お旅所で行われる祭で、若宮に朝食が供えられます。

お渡り式

17日正午から始まる、芸能者や祭礼に関わる人々が奈良公園周辺を練り歩く行事です。行列は、奈良県庁前からお旅所まで進み、途中、南大門交名の儀や松の下式が行われます。

南大門交名の儀

お渡り式の途中、旧南大門跡で行われる、芸能者の確認儀式です。

松の下式

影向の松の下で行われる儀式で、猿楽や田楽などが芸能を披露します。金春太夫が「金春の埒あけ」を行うことでも知られています。

競馬

お渡り式中、参道で2頭の馬を走らせる競馬を奉納します。

稚児流鏑馬

3人の少年が、参道の的を射る流鏑馬を奉納します。

御旅所祭

17日午後2時半頃から夜遅くまで行われる、おん祭の中心となる神事です。お旅所の芝舞台で、神楽、東遊、田楽、細男、舞楽など、様々な伝統芸能が奉納されます。

還幸の儀

17日午後11時から始まる、若宮をお旅所から本殿へ戻す儀式です。遷幸の儀と同じく、照明や撮影は禁止されています。

奉納相撲

18日午後1時より、お旅所南側の特設土俵で行われる相撲です。

後宴能

18日午後2時より、お旅所の芝舞台で行われる能と狂言です。

21世紀の変更

近年では、火災予防条例の改正により、露店での発電機の使用が禁止されたり、温暖化による降雨への対策として、雨天時の手順が定められたりしています。また、新型コロナウイルス感染症の影響により、お渡り式の規模が縮小されたこともありました。

用語

御湯立神事

巫女が釜の湯を振りまき、心身を清める神事。

のっぺ汁

おん祭りの名物料理。

参考文献

一般財団法人 春日若宮おん祭保存会編　春日若宮おん祭パンフレット 第30集 2014年（平成26年）
幡鎌一弘、安田次郎『祭礼で読み解く歴史と社会:春日おん祭りの900年』山川出版社、2016年。

外部リンク

春日大社サイト
春日若宮おん祭サイト
春日若宮おん祭の深い歴史とその魅力－西山厚（奈良国立博物館学芸部長）
春日若宮おん祭の神事芸能 - 国指定文化財等データベース（文化庁）
* 春日若宮御祭の研究折口信夫、1940年（青空文庫）

もう一度検索