楫取魚彦

楫取魚彦：江戸時代中期の国学者、歌人、そして画家

楫取魚彦（かとり なひこ、1723年4月6日 - 1782年5月5日）は、江戸時代中期を代表する国学者、歌人、そして画家として知られています。本名は伊能景良、通称は茂左衛門、号は青藍・茅生庵と多様な顔を持っていました。

生涯と師事

1723年、千葉県香取市佐原の名家、伊能茂左衛門家に生まれました。父は伊能景栄です。測量家として有名な伊能忠敬とは同郷であり、遠縁の親族関係にありました。

若き頃は俳諧をたしなみ、後に建部綾足の門下で片歌を学び、絵画も修めました。しかし、彼の名を歴史に刻むことになったのは、国学者・賀茂真淵への師事です。真淵の薫陶を受け、国学を深く修めた魚彦は、後に「県門の四天王」の一人として称えられるほどの実力者となりました。窪俊満など多くの弟子を育成したことも特筆されます。

明和2年（1765年）、家督を弟の伊能景序に譲り、江戸へ移り住み、浜町に居住。自身の住居を「茅生庵」と名付けました。明和6年（1769年）、師である真淵の死後も、魚彦の門下生は増加の一途を辿り、最終的には200名にも及んだと伝えられています。

天明2年（1782年）、60歳でこの世を去り、下総香取郡牧野村の観満寺に葬られました。没後、大正13年（1924年）には正五位を追贈されています。伊能茂左衛門家はその後も景序、景海と続き、曾孫の景晴（節軒・徳輝）は明治初期の小野川改修工事で知られる人物となりました。

業績：国学への貢献と独自の和歌

魚彦の最も大きな業績は、国学における貢献です。彼の代表作である『古言梯（こげんてい）』は、当時、典拠が不足していた契沖の『和字正濫鈔』を補完するものでした。『古事記』『日本書紀』『万葉集』といった古典に加え、『新撰字鏡』などの新資料も引用し、1883語を五十音順に配列、仮名遣いを示した画期的な辞書でした。跋文は師である真淵が寄せています。

『古言梯』は、魚彦没後も補訂増補版が多数刊行され、契沖の学説の正当性を証明する役割を果たしました。 これは、後世の国学研究に多大な影響を与えたと言えるでしょう。

和歌においては、真淵の作風を受け継ぎ、万葉調を堅持しました。力強さにはやや欠ける部分もあったものの、古代研究に基づいた深い古語の知識を駆使し、同音異義語を巧みに用いることで、万葉集独特の歌調を再現することに成功しました。

作品：水墨画の静謐な世界

絵画作品は、水墨画を中心とした四君子、騰鯉図、富士山図、猩猩図などに限られますが、その作風は繊細で静謐な美しさを湛えています。静岡県立美術館には「梅花図」と「酒泉猩々図」が所蔵されており、彼の画才の一端を垣間見ることができます。

著作

魚彦は数多くの著作を残しました。主な作品としては、『古言梯』、『古言梯再考』、『万葉集千歌』、『楢の嬬手』、『雨夜の燈火』、『冠辞懸緒』、『続冠辞考』、『ならの葉』、『百人一首略伝』、『筆のさきこと』、『楫取魚彦家集』などがあります。これらは、彼の国学、和歌、そして人生観を深く理解する上で貴重な資料となっています。

まとめ

楫取魚彦は、国学者、歌人、画家という多様な才能を有し、江戸時代中期の文化に多大な貢献をした人物です。彼の業績は、現代においても国学や和歌、そして日本文化研究において重要な位置を占めています。 彼の生涯と作品は、私たちに江戸時代の知と文化の深さを伝えてくれる貴重な遺産と言えるでしょう。

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