澄江動物群

中国雲南省に位置する帽天山の堆積層から発見された澄江動物群（チェンジャンどうぶつぐん、Chengjiang Fauna）は、約5億1,800万年前の古生代カンブリア紀、特にその第三期にあたる時代の生命の姿を鮮やかに伝える貴重な化石群です。発見地である澄江の名を冠して呼ばれていますが、動物だけでなく植物や藻類なども含まれるため、「澄江生物群（Chengjiang Biota）」というより広範な呼称が用いられることもあります。

この化石群は、カナダのロッキー山脈で見つかったバージェス動物群と時代は異なりますが、保存状態の良さや含まれる生物群に多くの共通点が見られ、あるいはバージェス動物群以上に多様な生物相を示唆するものとして、古生物学において極めて重要な位置を占めています。

発見と研究の歴史

澄江を含む中国雲南省南部では、古くは20世紀初頭から軟体動物の化石が見つかっていました。しかし、世界の注目を集めることになったのは、1984年に帽天山の堆積層、いわゆる「帽天山頁岩（Maotianshan Shales）」から、カンブリア紀前期の驚くほど豊富で保存状態の良い化石群が発見されて以降のことです。これ以降、中国の西北大学を中心とする研究チームによって集中的な発掘と研究が進められています。

この地域の地層は、先カンブリア時代末期（エディアカラ紀）からカンブリア紀前期にかけての連続した堆積が見られ、化石を伴うことから、この時代の他の地域の地層の年代を決定する上での国際的な標準としても活用されています。

時代と保存状態

厳密には、澄江動物群とされるのは約5億1,800万年前にあたるカンブリア紀第三期に属するものです。これは、約5億800万年前とされるバージェス動物群よりも約1000万年以上古いことになります。その最大の特徴は、バージェス動物群にも見られるような多様な生物が含まれていることに加え、多くの化石において、通常は失われやすい軟体部の細部までが驚くほど良好な状態で保存されている点です。この優れた保存状態は、当時の生物たちがどのような形態をしていたのか、その生活様式はどうだったのかといった情報を詳細に提供し、カンブリア紀の生物多様性や生態系、そして初期動物の進化について、これまで知り得なかった多くの事実を明らかにしています。

当時の環境

澄江動物群が見つかった場所が、当時のどのような環境だったのかについては、いくつかの説があります。有力な見方の一つは、水深100〜150メートル程度の比較的深い海底で、大陸棚の斜面の下に位置していたというものです。このような場所では、陸地から運ばれた泥や砂が一時的に堆積し、それが間欠的に海底斜面を流れ下る「乱泥流」が発生することがあります。澄江動物群の生物たちは、このような乱泥流に巻き込まれ、急速に泥の中に埋没することで、嫌気的な環境下で腐敗することなく、その形態を保ったまま化石になったと考えられています。一方、堆積物の性質から、むしろ三角州周辺の浅い海域だった可能性を指摘する研究者もいます。

重要な生物群と発見

澄江生物群からは、生命進化の歴史において極めて重要な意味を持つ生物が多数発見されています。特に注目すべきは：

脊索動物: ミロクンミンギアやハイコウイクティスは、脊椎動物の祖先に近いとされる原始的な脊索動物です。「広義の魚類」としては、既知のものでは世界最古級と考えられています。
古虫動物: 魚のような頭と節足動物のような体を持つユニークな生物群で、脊索の発見により脊索動物門の一亜門と位置づけられています。

また、澄江動物群の発見は、バージェス動物群の研究にも大きな影響を与えました。

葉足動物: オニコディクティオンなどの発見は、バージェス動物群のハルキゲニアの復元に関する議論に一石を投じました。全身化石が見つかったミクロディクティオンなども含め、葉足動物の多様性理解に大きく貢献しており、澄江は現在知られる葉足動物の種数が最も多い化石産地の一つです。
ラディオドンタ類: 奇妙で巨大な捕食者であるラディオドンタ類も豊富に見つかっています。アノマロカリスやアンプレクトベルアなど、バージェス動物群と同じ属に属する別種が多く含まれる一方、澄江に固有の属（例：ライララパクス）も知られています。アンプレクトベルアやホウカリスが普遍的に見られる点など、バージェス動物群との構成種の違いも見られます。
* メガケイラ類: 大付属肢を持つ節足動物であるメガケイラ類も多様です。レアンコイリアが優占しますが、澄江に固有の属の種数も豊富です。

これらの他にも、三葉虫などのArtiopoda類、フーシェンフイア類といった多様な節足動物、さらには海綿動物、刺胞動物、腕足動物など、多岐にわたる無脊椎動物も発見されており、カンブリア紀の初期生命が既に高度な多様性を獲得していたことを物語っています。

澄江動物群は、カンブリア爆発と呼ばれる生命の多様化が爆発的に進んだ時代の最古級の記録として、初期動物の進化史や古生態系を理解する上で不可欠な情報を提供し続けています。

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