王符

後漢の思想家、王符：宦官政治への批判と理想国家像

後漢時代を生きた思想家、王符。その名を歴史に刻んだのは、主著である『潜夫論』です。この書は、当時蔓延していた宦官政治や社会問題に対する鋭い批判と、理想とする国家像を提示したもので、後世の思想家に多大な影響を与えました。

波乱の生涯と『潜夫論』の誕生

王符は、現在の甘粛省に位置する安定郡臨涇県出身。字は節信といいます。馬融や張衡といった著名な人物と交流を持ちましたが、当時の後漢朝廷は宦官の専横が著しく、王符は彼らに媚びることなく、清廉な姿勢を貫きました。そのため出世の道は閉ざされ、隠棲生活を送ることを余儀なくされます。

この隠棲生活のなかで、王符は時局への批判と理想を込めた著作に取り組みました。それが『潜夫論』です。この書は、王符の思想を深く理解するための重要な資料であり、後漢時代の社会状況や思想を解き明かす鍵となります。仕官することなく生涯を終えた王符ですが、『潜夫論』はその後、多くの読者に影響を与え続け、彼の思想は時代を超えて生き続けることになります。同郷の皇甫規との交流エピソードからも、王符の人格の高さが伺えます。皇甫規は王符の名を知ると、地位の高低を超えた敬意をもって彼を迎え入れたという逸話が残されています。

『潜夫論』：多様な視点と鋭い洞察

『潜夫論』は全10巻35篇（叙録を含めると36篇）から成る大作です。その内容は多岐に渡り、学問の重要性を説く序章から、系図を思わせる記述まで網羅されています。しかし、その核心は、当時の社会問題、特に羌族の侵入に対する批判と、有効な対策の提案にあります。「救辺篇」や「辺議篇」では、後漢の消極的な対応を痛烈に批判し、積極的な防衛策の必要性を訴えています。

王符の思想は一様ではありません。儒教をベースとしながらも、法家思想の影響も強く見て取れます。これは、当時の乱世において、儒教だけでは社会の秩序を維持できないという現実的な認識に基づいていたと考えられます。武内義雄は、王充の批判精神を受け継ぎつつ、儒教に法家の要素を加味することで、現実社会に適用可能な思想体系を構築しようとしたと指摘しています。日原利国も、王符の基本的な立場は儒教にあったものの、無力な政治状況を打破するために、法による強力な統治を主張したと解釈しています。さらに、田中麻紗巳は王符が合理的思考を持ちながらも、董仲舒や劉向に通じる災異思想も抱いていたと分析しています。

王符は人間を上智・中庸・下愚の三種類に分け、それぞれに合った統治方法を提唱しました。下愚な民衆に対しては教育は無意味であり、厳罰のみが有効であると主張し、中庸の人々に対しては厳罰と赦宥の両方を用いるべきだとしました。また、『潜夫論』には老荘思想に通じる側面も見られ、太古の無為政治を理想とする記述もあります。このように、『潜夫論』は単一の思想体系ではなく、儒教、法家、老荘思想など、複数の思想を融合した複雑で多面的な内容となっています。

歴史における王符の位置づけ

『後漢書』は王充、王符、仲長統の三者をまとめて一伝を立てており、韓愈は彼らを「後漢三賢」と称えました。王充が迷信を打破したのに対し、王符は王充の批判精神を受け継ぎ、儒教に法家の要素を加味することで、現実社会に則した政治思想を構築しようとした点が評価されています。この法家的儒教は、後世の曹操によって現実の政治に反映されたとされるなど、王符の思想は後世に大きな影響を与えたことが分かります。

王符の『潜夫論』は、単なる批判にとどまらず、具体的な政治改革案を示唆しており、後漢時代の政治・社会の理解に欠かせない重要な文献です。『漢魏叢書』にも収録され、帆足万里の『東潜夫論』といった研究も生み出しており、現代においてもなお、多くの研究者によってその思想が研究され続けています。

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