男なら

男なら（おとこなら）

「男なら」は、山口県萩市とその周辺地域に古くから伝わる民謡であり、山口県を代表する歌の一つとして広く知られています。萩市では、伝統的な歌や踊りとして受け継がれているだけでなく、現代では「萩夏まつり」などで、よさこい風にアレンジされた踊りとともに披露されることもあります。

歴史的背景と歌の誕生

この歌が生まれた背景には、日本の近代化における激動の時代、幕末の動乱期があります。当時、長州藩では尊皇攘夷の思想が高まり、1863年（文久3年）には朝廷より攘夷令が発せられました。これを受け、長州藩の多くの藩士たちが外国船への攻撃のため、関門海峡を臨む下関に集結しました。

長州藩は関門海峡を通過する外国船に対して砲撃を加えましたが、翌1864年にはアメリカ・イギリス・フランス・オランダの四国連合艦隊による報復攻撃を受け、萩を含む藩内は甚大な被害を被りました。特に萩は、日本海に面していることから、外国艦隊からの直接的な攻撃を受ける可能性がありました。

そのため、萩で留守を預かることになった藩士の妻や子供たちも、外国船の来襲に備える必要に迫られました。彼女たちは、萩の海岸線、特に菊ヶ浜沿いに防御のための土塁を築く作業に加わりました。この土塁の構築には、武士の妻や武家に仕える奥女中たちの多大な尽力があったことから、「女台場（おなごだいば）」と呼ばれるようになりました。そして、この過酷な土塁築造工事に従事した長州藩士や奇兵隊など諸隊士の妻をはじめとする女性たちが、作業中に自らを奮い立たせ、士気を高めるために歌っていたのが、この「男なら」でした。現在でも、この「女台場」の一部遺構を見ることができます。

歌に込められた心意気

「男なら」は、たとえ女性であっても武士の妻として国を守る勇ましさ、すなわち「萩女の心意気」を歌い上げています。歌の題名や歌詞は、女性が「もしも自分が男であったなら」という視点から、国の一大事に際して積極的に国を守るという強い意志を表現しています。これは、後に作られた、男性の視点から国を守ることを歌った軍歌の「男なら」とは異なる点です。

山口県文書館の記録によれば、「男なら」の歌詞にはいくつかの異なるバージョンや改変が存在します。一般的に知られる歌詞の1番は、「（もしも私が）男であったなら、槍を担いで中間（ちゅうげん：武家の供をする者）として下関まで付き従いたい。しかし私は女だが、武士の妻であるからには、（外国の軍勢が萩に攻めてくるような）国の一大事と聞けば、（敵を）追い払いたい。古代の神功皇后を模範として、国を守り抜く」といった内容を含んでいます。

「正調『男なら』保存会」によって伝えられている歌詞は4番まであり、各番の終わりには「オーシャーリシャーリ」（「おっしゃるとおり」という意味とされる）という囃子が入ります。ただし、レコードなどで歌われる際には、歌手によって2番または3番までで終わる場合もあります。

歌詞のバリエーションとしては、山口県文書館が、村田清風の孫にあたる村田峰次郎（1857年生）が記憶し著書『防長近世史談』（1927年刊）に記した歌詞や、『山口県の民謡』に収録された福永キクエ氏（1909年生）が伝承した歌詞などを、記録として例示しています。

歌の復活と全国的知名度

この歌は、一時、地元でも一部の伝承者を除いて長く忘れ去られていました。しかし、1935年（昭和10年）10月、当時の萩市助役であった市川一郎氏の母タツさん（当時88歳）がその記憶を伝承していたことから、突如として復活を遂げました。

その後、時代の流れにも乗り、特に1936年（昭和11年）に歌手の音丸が吹き込んだレコードが大ヒットしたことで、その名が全国に広く知られるようになりました。さらに、赤坂小梅のレコードもヒットするなど、一躍人気民謡となり、「炭坑節」などと同様に全国的な知名度を得ました。やがて日本が戦争へと向かう1930年代という時代背景の中で、外国からの脅威に対し勇ましく国を守ろうとするこの歌の心意気が、人々の心に響き、歌の復活と普及を後押ししたとも言えるでしょう。

かつての関連土産菓子

かつて萩市には、この民謡「男なら」をモチーフにした土産菓子が存在しました。「防長銘菓男なら」と名付けられたその饅頭は、黄身餡をシンプルな饅頭皮で包んだものでしたが、平たい形状の上部に毛利家の家紋である「一に三つ星紋」が象られているのが特徴でした。これは、萩地域を商圏としていた地元の「有限会社神戸屋ベーカリー」によって製造・販売されていました。しかし、同社は経営悪化により2012年8月に廃業したため、この饅頭は現在では製造されていません。

なお、この「有限会社神戸屋ベーカリー」は、大阪市に本社を置く大手製パン企業の「株式会社神戸屋」とは無関係です。神戸屋ベーカリーは、「男なら」以外にも、萩特産の夏みかんを使った「夏みかんサブレ」や、一口サイズのバウムクーヘンにクリームを入れた「萩日記」といった土産菓子も製造していました。

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