葬式仏教

葬式仏教とは

「葬式仏教」とは、現代の日本の仏教が、本来の釈迦の教えや修行といった側面から離れ、主に葬儀や法事といった死者供養の儀式を中心に営まれている状態を、批判的あるいは揶揄的に表現する言葉です。この言葉が広く知られるようになったのは、1963年に宗教学者である圭室諦成氏の著書『葬式仏教』が出版されたことが大きな契機とされています。

初期仏教における葬送

仏教の開祖である釈迦（ブッダ）自身の言行については、葬送儀礼への関わりを示す記述と、そうではない記述の両方が初期の経典に見られます。

ある記述では、釈迦が弟子たちに対し、死後の遺骸の扱いに心を煩わせず、真理の探求に専念すべきであり、供養は在家信者に任せるようにと諭したとされます。この箇所は、出家者が葬儀に関わること否定する根拠として引用されることがあります。

しかし一方で、『浄飯王般涅槃経』には、釈迦自身が父・浄飯王の葬儀に関わったことや、高弟シャーリプトラの遺骨を礼拝したという記述があります。また、『大般涅槃経』では、釈迦が自身の葬儀の方法について指示を与え、在家信者によって転輪聖王に準じた葬儀が行われたこと、そして重要な荼毘（火葬）の点火を比丘であるマハーカッサパが行ったと記されています。さらに、初期の経典には、釈迦が地域の慣習として祖霊供養を称賛する箇所もあり、これらの記述を総合すると、初期仏教において出家者が葬送儀礼に全く関わらなかったとは言い難く、単純な葬儀否定論の根拠とするのは難しいと考えられます。当時のバラモン教が手厚い葬儀を重視したのに対し、仏教は「業」の思想を背景に、より簡素な葬儀を行ったという側面もあります。

日本への伝来と変遷

仏教はインドから中国を経由する過程で、漢民族の先祖供養といった民間信仰と習合し、葬送儀礼の要素を取り込みながら日本に伝わりました。例えば、日本の仏式葬儀で使われる位牌は、儒教の葬礼における「神主」が変化したものと考えられています。

6世紀半ばに日本に仏教が伝来して以降、最初は豪族などの上流階級を中心に広まりました。平安時代には貴族の葬儀に仏教の影響が強く見られるようになり、鎌倉時代には仏教が庶民層にも浸透し、仏式での葬儀が行われる例が現れ始めます。

江戸時代の檀家制度

日本の仏教が「葬式仏教」へと向かう上で、最も決定的な転機となったのは、江戸幕府が定めた檀家制度（寺請制度）です。この制度により、民衆は必ずいずれかの寺院を菩提寺とし、その檀家となることが義務付けられました。これはキリスト教徒や不受不施派を排除するためのものでしたが、結果として神職も弾圧の対象となり、寺院は葬儀を独占的に担うことになりました。

それまで村社会の共同体が行うこともあった葬儀は、檀家制度によって僧侶による執行が一般的となります。檀家制度は寺院に安定した信徒と収入をもたらしましたが、同時に他宗派への布教や新たな寺院の建立が禁止され、寺院は既存の檀家に対する葬儀や法要、そしてそれによる布施収入に依存するようになります。これにより、本来の布教や修行といった活動の必要性が薄れ、宗教活動としての活力が失われていった側面があります。

近代以降と現代の課題

明治維新後、文明開化政策による四民平等の推進に伴い、僧侶の妻帯が許可されます。これにより、それまでの戒律に縛られた出家者としての僧侶から、職業として寺院を継承する形が一般的になり、この変化が仏教のビジネス化、すなわち葬儀を中心とした経済活動への傾斜を一層強める要因の一つとなったとも言われます。

2000年代に入ると、現代社会の変化に伴い、「葬式仏教」と呼ばれる現状に対する批判が再び高まります。都市化や過疎化の進行、人々のライフスタイルの多様化により、地域共同体による葬儀が難しくなったり、そもそも檀家制度が機能しなくなったりして、「葬式仏教ですら成り立たない」寺院も現れています。報道によると、僧侶の収入が減少し、副業をしなければならないケースや、十三回忌、十七回忌といった年忌法要が減少している状況も伝えられています。

仏教界内部の動きと商業化

こうした状況に対し、仏教界の内部からも自己反省と改革を求める声が上がり、様々な活動が行われています。伝統的な宗派に属する寺院の中にも、不登校や自殺防止といった社会問題に取り組んだり、人々の心の相談に乗ったりする寺院が増えています。また、既存の枠にとらわれず、アジアなど海外への仏教伝播に目を向ける人々もいます。

一方で、近年は葬儀関連ビジネスの商業化が進んでおり、大手企業が布施や戒名料を明確な料金として表示する「お坊さん紹介サービス」を開始するなど、「死」が商品として扱われる動きが見られます。これに対し、全日本仏教会は、布施は慈悲に基づいた宗教的な行為であり、その額は施主が決めるべきだとして、料金表示の削除を求めるなど反発しています。こうした問題の背景には、檀家制度の崩壊といった社会構造の変化に加え、日本人の仏教に対する意識の希薄さがあることが指摘されています。

葬式仏教という言葉は、日本の仏教が直面する課題を示すと同時に、その現状を変革しようとする動きも存在することを示唆しています。

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