アスト部

アスト部の歴史

アスト部（モンゴル語: Asd）は、15世紀から17世紀にかけてモンゴル高原で活動した遊牧部族のひとつです。その起源は西方のカフカース地方に住むアラン人（アス人）に遡ります。彼らは、かつて大元ウルスのもとで「阿速（アス）衛」と呼ばれる軍団を組織したことからアスト部族が成立しました。しかし、14世紀末に大元ウルスが北方へ移動すると、アスト部は他の部族とともに遊牧民としての生活に転じ、16世紀にはリンダン・ハーンの軍勢によって滅ぼされました。

アス人とアラン人の関係

「アス人」と「アラン人」の関連については、14世紀以降の文献でしばしば異なる集団として記録されることがあります。とはいえ、13世紀の文献では、両者は同じ集団として認識されていました。例えば、ブリディアの記録には「アス人（azzi）と名乗るアラン人（alani）」の存在が報告されています。さらに、著名な旅行家であるプラノ・カルピニやルブルックも「アラン人もしくはアス人」という表現を使い、この集団を指しました。そのため、アス人とアラン人は本質的には同一視されるべき存在だったのです。

しかし、信仰に関しては異なる側面が見られました。一部はキリスト教徒であり、一方ではイブン・バットゥータの記録が示すように、カフカースにおけるアス人はムスリムであることも伝えられています。これによって、アス人とアラン人の間には宗教面での違いもあったことが示唆されます。

アス人の東方移住

アス人の東方における移住は、モンケによるカフカース遠征によるものであると歴史的に記録されています。オゴデイ・カアンの下で計画された「バトゥの征西」の中で、モンケはアス人を多く配下にし、彼らをモンゴル高原に連れ帰る結果となりました。この流れの中で、アス人たちはモンゴル高原における重要な遊牧民集団としての地位を確立していったのです。

阿速衛の設立と内乱

クビライ・カアンの即位後、アスト部は軍事組織の一部として重要な役割を果たしました。彼は新たな国家体制の下でアストやキプチャクなどの異民族を統合し、内戦においても戦力として活躍しました。特に「シリギの乱」や「ナヤンの乱」などでアスト軍が武力行使し、モンゴルの権力闘争において重要な役割を果たしました。また、1260年代から1300年代にかけて、アスト部の指導者たちはカアンの親衛隊としてその権力を揺るがす存在となりました。

北元時代の展開

北元時代において、アスト部はアルクタイとその後継者たちが指導し、部族間の権力争いが続きました。カラジャンやアルクタイが指揮を執る中、オイラトとの戦いが続きます。やがてアルクタイが亡くなると、アスト部は一時的にオイラトの傀儡ハーンに従うことになりますが、地域の勢力図は複雑に変わりました。

ヨンシエブとアスト部

アスト部における重要な変化は、ベグ・アルスランによるものです。彼はアスト部・ハラチン部を一つにまとめ、ヨンシエブと呼ばれる強大な軍事集団を形成しました。しかし、アスト部は歴代カアンの影響を受けつつも徐々に権威を失い、他の強力な部族によって飲み込まれていく運命を辿りました。

アスト部の滅亡

17世紀になると、建州女直のヌルハチが勢力を拡大し、アスト部に圧力をつけるようになります。彼の後を引き継いだチャハル部のリンダン・ハーンの軍がアスト部に襲い掛かり、連合軍との戦闘で彼らは大敗を喫しました。その結果、アスト部は壊滅的打撃を受け、以後独立した存在としての活動は難しくなります。最終的に生き残ったアスト人たちは、清朝の八旗に統合され、アスト部の独立した遊牧集団としての歴史は幕を閉じることになりました。

以上のように、アスト部は数世紀にわたってモンゴル高原に存在した部族ですが、内乱や外敵の侵攻によってその運命は大きく変わり、最終的には独立性を失いました。彼らの歴史は、モンゴルの複雑な民族史の一端を示すものとなっています。

もう一度検索