アタマウスの遺言

『アタマウスの遺言』（原題：英: The Testament of Athammaus）は、アメリカの小説家クラーク・アシュトン・スミスが執筆した短編ホラー小説です。

この作品は、スミス独自の古代大陸ヒューペルボリアを舞台にした物語であり、同時にクトゥルフ神話体系の一部としても位置づけられています。初出は、パルプ雑誌『ウィアード・テイルズ』1932年10月号に掲載されました。執筆当時はスミス独自の創造物として発表されましたが、後にクトゥルフ神話に組み込まれ、特に邪神ツァトゥグァに関連する作品として知られています。

物語の舞台は、スミスの別作品『サタムプラ・ゼイロスの物語』で廃墟として描かれた都市コモリオムが、まだヒューペルボリア王国の首都として栄えていた時代です。作品は、この都市で発生したあるおぞましい事件の一部始終を、事件の当事者の一人である死刑執行人アタマウスが後世に残した手記という形式で綴っており、コモリオムが首都としての機能を失い、やがて滅亡へと至る遠因となった真実が明かされます。

文芸評論家・東雅夫は、本作をツァトゥグァに関連する物語群の中でも特に重要視しており、「邪神の血を引く存在の、常識を超えた醜悪かつ怪異な生態を、スミスならではの情熱的な筆致で鮮やかに描き出した力作」と高く評価しています。また、ヒューペルボリア大陸の地理や文化を知る上でも示唆に富む内容が含まれていると指摘しています。

あらすじ

物語は、ヒューペルボリア王国の首都コモリオムの郊外で、ヴーアミ族の凶悪な略奪者クニガティン・ザウムらが恐ろしい事件を頻発させる状況から始まります。邪神ツァトゥグァの血を引くと噂されるザウムは、コモリオムの司法警察の執拗な捜索の末、ついに捕らえられます。彼は即座に死刑を宣告され、王国で最も優れた技量を持つ死刑執行人アタマウスによって首を切り落とされます。

しかし、衝撃的なことに、翌朝になるとザウムは墓から蘇り、都市に出現して通行人を捕らえて貪り喰らい始めます。人々は恐れおののき、ザウムは再び捕らえられ、2度目の斬首刑が執行されます。今回は、蘇りを防ぐため、棺は厳重に密封され、重い石が蓋の上に置かれました。それでもザウムは身体を変貌させた状態で蘇り、今度は裁判官の一人を食い殺します。

事態の異常さに直面した人々は、3度目の斬首刑を執行します。今回は首と胴体を別々の青銅製の棺に納め、溶接して完全に封印し、別々の場所に埋葬した上で、兵士たちが一晩中厳重に監視しました。しかし、この厳重な警戒をもってしても、ザウムの首と胴体は、見張りたちの目の前でそれぞれの棺から這い出し、再び蘇るのです。

翌朝、完全に異形と化したザウムは、アタマウスらの目の前で無抵抗な通行人の血を吸い始めます。彼らが必死に攻撃を加えても全く効果はなく、ザウムは勝利の咆哮を上げます。この不死身で変貌する怪物に対する恐怖は、人々の士気を完全に打ち砕きました。王国はこれ以上の被害を防ぐため、ついに首都コモリオムを放棄することを決定します。

それから数十年後、新首都ウズルダオルムに移ったアタマウスは、かつて首都コモリオムで発生した一連の恐ろしい事件と、その結果として王国が首都を放棄せざるを得なくなった真相を手記として詳細に記します。このザウムの事件が、やがて王国の衰退を招き、後の氷河期による最終的な滅亡へと繋がる契機となったことが示唆されます。

主な登場人物

アタマウス
首都コモリオムに仕える、ロクアメトロス王直属の死刑執行人。処刑人たちの中でも抜きん出た技量を持つ人物であり、物語は彼の視点を通して語られます。不死身の怪物ザウムを幾度となく処刑する任務を負います。

クニガティン・ザウム
ヒューペルボリア大陸を荒らし回る悪名高い略奪者。ツァトゥグァを崇拝する異形のヴーアミ族と、邪神ツァトゥグァ直系の血を引く娘スファトリクルルプの間に生まれたとされます。一般的な毛深いヴーアミ族とは異なり全身に体毛がなく、黒と黄色の斑紋を持つ不気味な外見をしています。身体は驚くほど柔軟で、体内には通常の生物のような背骨が存在しません。斬首されても赤い血は流れず、悪臭を放つ黒い滲出液がわずかに滲むのみです。さらに恐ろしいのは、斬首されるたびに外見が変貌しながら蘇る不死身の性質です。最初の蘇りでは首が短くなり、2度目は斑紋が増え顔面のパーツが移動したほとんど首なしの状態、3度目には足が変化した吸血管を持つ完全な異形と化しました。ザウムの血筋については諸説あり、母方の血統がツァトゥグァが宇宙から連れて来た不定形の黒い怪物に由来するという説や、作者スミス自身が書簡で、その不死身の性質はツァトゥグァのさらに祖先にあたるアザトースから受け継いだものである可能性を示唆しています。

作品の特徴と評価

本作は、クラーク・アシュトン・スミスが得意とした太古の世界を舞台にしたホラーであり、特にグロテスクな怪物の描写と、それに対する人間の無力感、そして都市や文明の衰退といったテーマが色濃く描かれています。斬首されても蘇り、さらに姿を変えていくザウムの描写は、読者に強い印象を与えるとともに、従来のゴシックホラーにおける吸血鬼やゾンビといった不死者とは異なる、コズミックホラー的な異質さと恐怖を提示しています。ヒューペルボリアという架空世界の歴史や地理を補完する情報が含まれている点も、スミスの世界観を深く理解する上で重要な要素となっています。

収録

日本語訳は、主に以下の書籍に収録されています。

『クトゥルー5』青心社、大瀧啓裕訳「アタマウスの遺言」
『イルーニュの巨人』創元推理文庫、井辻朱美訳「アタマウスの遺言」
『ヒュペルボレオス極北神怪譚』創元推理文庫、大瀧啓裕訳「アタムマウスの遺書」

関連作品

『サタムプラ・ゼイロスの物語』
同じくスミスによるクトゥルフ神話作品。本作の数百年後の時代を舞台とし、かつて首都であったコモリオムが既に廃墟となっている様子が描かれています。

* 『ダニッチの怪』
H・P・ラヴクラフトによるクトゥルフ神話作品。神的な存在と人間の混血児が登場するという点で、クニガティン・ザウムの出自と共通するモチーフが見られます。

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