アドルフ・ヒトラーの軍歴

アドルフ・ヒトラーの軍歴は、大きく分けて二つの時代に区分されます。一つは、バイエルン陸軍の伍長（Gefreiter）として第一次世界大戦に従軍した時期、もう一つは、ナチス・ドイツの総統として、ドイツ国防軍の最高司令官や陸軍総司令官を務めた第二次世界大戦の時期です。

入隊まで

1907年以降、ヒトラーはウィーンで貧しい生活を送っていました。1913年5月、父親の遺産を受け取った後、ミュンヘンに移住し、建築などの風景画を描いて生計を立てていました。このドイツへの移住は、オーストリア軍の徴兵を逃れるためだったとされています。ヒトラー自身は後に、ハプスブルク家の軍隊は「混血人種」の軍隊であるため入隊を拒否したと正当化しています。その後、バイエルン警察に連行されオーストリア軍に入隊させられるためザルツブルクへ送り返されましたが、1914年2月5日の入隊検査で不合格となり、ミュンヘンに戻りました。

1914年8月、オーストリア・ハンガリー帝国とドイツ帝国が第一次世界大戦に参戦した際、ヒトラーは25歳でした。オーストリア市民権を有していたため、バイエルン陸軍への入隊許可を申請する必要がありました。1924年のバイエルン州当局の報告書によると、ヒトラーのバイエルン軍入隊は、当時の軍当局のミスによるものであったとされています。バイエルン軍に入隊したヒトラーは、自身の民族主義的な思想を軍内で広めていました。

第一次世界大戦

第一次世界大戦中、ヒトラーはフランスとベルギーの西部戦線で、バイエルン第16予備歩兵連隊「リスト」の第1中隊に所属していました。第一次イーペル会戦（1914年10月）では、歩兵として参戦しました。この戦闘はドイツ軍内で「イーペルの罪なき者たちの虐殺」と呼ばれ、約4万人の若い新兵が最初の20日間で戦死しました。ヒトラーの所属していた連隊も、約3,600人の兵力から611人に減少し、12月には250人にまで減少しました。ヒトラーの所属する中隊も42人にまで減少しています。

伝記作家のジョン・キーガンは、この経験がヒトラーを内向的な性格にしたと述べています。この戦闘後、ヒトラーは二等兵から伍長に昇進し、連隊の伝令部隊に配属されました。伝令兵として、ヒトラーは前線から離れた場所で活動し、塹壕の中を往来する中隊や大隊の伝令兵とは異なり、「比較的快適な」環境で過ごしていました。

伝令兵として

西部戦線での戦況が防戦に転じると、前線の伝令兵の任務も変化し、徒歩や自転車での行動は減少し、電話での情報交換が増加しました。戦場で親しくなった仲間たちは、ヒトラーを愛称の「アディ」と呼び、下世話な話を嫌う彼をからかい、配給のジャムをタバコと交換していました。1915年初頭、ヒトラーは戦場で野良犬を見つけ、「フクスル（小さなキツネ）」と名付けて可愛がっていました。フクスルに芸を教え込み、戦場での唯一の親友としていました。1917年8月、リスト連隊はアルザス地方の静かな戦線に移動し、その間に愛犬フクスルを喪い、スケッチや絵画も失いました。リスト連隊は、第一次イーペルの戦い、ソンムの戦い、アラスの戦い、パッシェンデールの戦いなどに参加し、1916年のフロメルの戦いでは、オーストラリア軍の攻撃を撃退しました。

ニュルンベルク裁判では、ヒトラーの上官2名が証人として出廷し、ヒトラーが昇進を拒否していたことが証言されました。ヒトラーは、1914年に二級鉄十字章、1918年に一級鉄十字章を授与されています。一級鉄十字章の推薦者は、リスト連隊所属のユダヤ人中尉フーゴ・グートマンでした。

負傷と敗戦

1916年10月、ソンムの戦いで、ヒトラーは左太ももを負傷しました。復帰を懇願しましたが、約2ヶ月間病院に入院しました。その後、ミュンヘンに移送されましたが、上官のフリッツ・ヴィーデマンに手紙を書き、連隊に戻ることを要求しました。1918年10月15日、マスタードガス攻撃によりヒトラーは一時的に失明しました。治療後、病院に入院し、11月10日にドイツの敗戦を知り、2度目の失明を経験したと語っています。ヒトラーは、ヴェルサイユ条約に憤慨し、後にその心境を書き記しています。この時点で、ヒトラーが政治活動に身を投じる決意をしたかは定かではありません。

第一次世界大戦後

1918年11月19日、ヒトラーは病院を退院し、ミュンヘンに戻りました。第2歩兵連隊の第1補充大隊に配属され、12月には捕虜収容所の看守として再配属されました。1919年1月に収容所が解散すると、ミュンヘンで再配属を待ちました。

当時のミュンヘンは、社会主義者の暗殺事件などが発生し、混乱していました。軍部は、共産主義者に対抗する義勇軍を派遣しました。1919年4月3日、ヒトラーは調査係に選出され、4月15日に任命されました。彼は、自分の部隊が戦闘に参加しないように綱紀粛正を行いました。1919年5月6日、バイエルン・レーテ共和国の崩壊後、ヒトラーは仲間の連絡係を密告し、軍の調査委員会に報告しました。反共的な見解が評価され、部隊解散後も軍から除籍されませんでした。

陸軍諜報員

1919年6月、軍司令部は住民の監視を強化する布告を出しました。カール・マイヤー大尉は、ヒトラーを潜入捜査員として採用し、アウグスブルク近郊の兵舎で「国家主義的思想」の講義に参加させました。ヒトラーはマイヤーに感銘を受け、「教育係」として任命されました。国軍の偵察部隊の諜報員として、兵士の愛国的教育と、ドイツ労働者党（DAP）への潜入捜査を命じられました。DAPの活動を監視する中で、ヒトラーは創始者の反ユダヤ主義、民族主義、反[[資本主義]]、反マルクス主義などの思想に惹かれ、DAPに入党しました。

後年への影響

ナチ党の指導者となったヒトラーは、準軍事的な称号や地位を示す制服を組織内で用いるようになりました。しかし、ヒトラー自身の肩書きは「総統」であり、特別な制服は存在しませんでした。彼がよく着用していた茶褐色の制服は、本来、突撃隊（SA）の勤務服でした。ヒトラーは、第一次世界大戦の一級鉄十字章、黒色戦傷章、ナチ党の高級党員章のみを身につけていました。

再軍備

1933年、首相に就任したヒトラーは、軍首脳と会談し、再軍備を優先課題としました。国防相のヴェルナー・フォン・ブロンベルク将軍は、ナチ党の理念を軍に導入し、「民族共同体」の理念を強調しました。1934年8月1日、ヒンデンブルクの死後、ヒトラーは「総統及びドイツ国首相」となり、全軍の最高司令官となりました。ブロンベルクは、軍にヒトラー個人への忠誠宣誓を命じました。1935年5月21日、国軍はドイツ国防軍に再編され、陸海空の三軍がヒトラーの指揮下に入りました。

アルフレート・ヨードル将軍は、ヒトラーを「驚異的な技術的・戦術的ビジョンを持っていた」と評価しています。ヒトラーは、軍事会議でフリードリヒ大王やその他の軍事思想家の言葉を引用して議論を展開していました。1938年2月4日、ヒトラーは国防省を廃止し、国防軍最高司令官を兼務しました。

ヒトラーの軍事上の地位

ヒトラーは、1938年に国防軍最高司令官、1940年には陸軍総司令官となり、軍部に大きな影響力を持っていました。しかし、イタリアのムッソリーニやソ連のスターリンとは異なり、軍事上の階級を最後まで持つことはありませんでした。彼の最終階級は、第一次世界大戦の伍長勤務上等兵のままでした。ナチス・ドイツで事実上の大元帥だったのはヘルマン・ゲーリングですが、その地位もヒトラーに次ぐものでした。

1938年以降、ヒトラーはドイツ陸軍の制帽と、軍服を意識した上衣を着用することが多くなりました。1940年以降は、ナチ党の制服や私服を着用せず、フィールドグレーの上衣を着続けました。

第二次世界大戦

1939年9月1日、ポーランドへの宣戦布告後、ヒトラーは演説で、制服の左袖上部に鉤十字を掴んだ金色の鷲章を縫い付けたフィールドグレイの制服を着用するようになりました。彼が身につけていた勲章は、第一次世界大戦の戦傷章と一級鉄十字章、高級党員章の3点のみでした。第二次世界大戦におけるヒトラーの立場は、国防軍の最高司令官でした。

ポーランド侵攻の準備で、ヒトラーは軍が作成した命令を細部まで精査し、重要な橋を攻略するための計画を書き換えました。彼の地位は、ノルウェー占領、西ヨーロッパ制圧時に絶頂に達しましたが、特にフランス侵攻時のアルデンヌの森を突破する大規模な構想は、多くの専門家の懸念を無視して彼が命令したものでした。1941年12月19日、ヒトラーは自ら陸軍総司令官となり、作戦上の直接の役職に就任しました。しかし、1942年以降は、軍事・戦術計画への干渉が有害な結果を招くようになりました。

戦争末期の1945年4月22日、ヒトラーはカイテルとヨードルにこれ以上の命令はないと告げ、4月30日にベルリンの総統地下壕で自決しました。

授与した勲章など

二級鉄十字章 - 1915年2月12日
剣付きバイエルン戦功章（三級） - 1917年9月17日
「リスト」歩兵連隊証書 - 1918年5月5日
戦傷章（黒） - 1918年5月18日
一級鉄十字章 - 1918年8月4日
バイエルン軍勤続章（三級） - 1918年8月25日
* 剣付き名誉十字章 - 1934年7月13日

ヒトラーが定期的に身につけていた勲章は、戦傷章と一級鉄十字章のみでした。また、ナチ党の徽章類は高級党員章のみでした。

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